白河市文化財パンフレット 谷津田川流域水車跡群 発掘調査概要 - 013/020page
導水路・放水路 水路の底面に近い状況です。上方より真っ直ぐに導水路の杭列が延びています。川側にはさらに古い時代の杭列が見えています。手前は石積で作られた放水路で、水車の廃業後に改変を受けていると考えられます。壁の石積の最下段が残り、石の下には枕木が敷かれています。 排水路水車跡廃業後の改変 排水路は水車の廃業後、片側の石を寄せて天井に蓋をし、暗渠に作り替えられていました。天井の石は墓の台石が転用されています。この地が江戸時代に廃寺になった円明寺の境内であったことに由来します。 導水路木枠 山崎車の南西側の段丘上では、大正時代から昭和にかけて、製糸工場や、棒炭の工場が営まれました。調査ではそれらに関連する遺物も出土し、木枠は工場で使われた水溜めと考えられます。
導水路木枠 山崎車の南西側の段丘上では、大正時代から昭和にかけて、製糸工場や、棒炭の工場が営まれました。調査ではそれらに関連する遺物も出土し、木枠は工場で使われた水溜めと考えられます。