社会科学習資料 第3・4学年 わたしたちの村 ひがし - 068/106page

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しろの丘(おか)に宝金塔(とう)があります。土地の人は「ホーキント山」と呼(よ)んでいます。

H 日吉神社(かぶうち)

 むかし山王大ごんげんといいましたが明治5年に日吉とあらためられました。神殿(しんでん)は天保(てんぽう)11年(1840)に建(た)てられ、宮大工(みやだいく)が1年以上(いじょう)かかってほどこしたちょうこくは美術的(びじゅつてき)に大切なものです。

I ます形(がた)こふんぐん(とちもと)

 かぶうちから釜子、とちもとのいばらぎ街道(かいどう)へ入ってまもなく左手にあります。ぜん方(ぽう)こう円ふん、じょう円か方(ほう)ふんなど17のつかがあります。

J かまの子じんやあと(かまの子)

 長伝寺(ちょうでんじ)の石だんを三島(みしま)やの方におりて、左へ折れるとあん内板(ないばん)があります。釜子地方(ちほう)はかんぽう元年(がんねん)(1741)からやく130年かん、えちご(にいがたけん)高田はんの領地(りょうち)でした。文化(ぶんか)6年(1809)あさ川より釜子にじんやをうつし、奉行(ぶぎょう)いか50すう名(めい)のはん士(し)が3万(まん)3千石(ぜんごく)の領地(りょうち)を支配(しはい)したのです。明治元(がん)年(1868)ぼしんのえきに官軍(かんぐん)のこうげきにあい6月25日やけてらく陣(じん)しました。明治4年(1871)のはいはんちけんまで60年のじんやのあったあとです。

K 矢(や)ごしの森(かまのこ)

 矢ごし神社のあるところです。むかし、みなもとのよしいえがあべのさだとうをせめた時、じんが平(だいら)に陣(じん)をおきました。ある時、弓(ゆみ)のいきおいをためそうと東南(とうなん)にむかって矢をはなちました。その矢をさがしたところ、この近くのほこらの前でみつけたのでこのふきんを矢ごし山とよぶようになったのです。

○まつりのこと

 ●チャッチャラッコ太(たい)こ


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