わたくしたちのきょう土 矢祭町-097/111age
こうしてできあがった約8.5ヘクタールの水田は、日照りの年でも干害にあうこともなく、肥田としてのちのちの人たちに受けつがれてきました。
▲現在の関岡・江戸塚地内の水田
この工事が終わった8年後の明治35年(1902年)8月には、村の人々は孫左衛門の偉業に感しゃして疏水碑を建て、花火をあげてお祝いをしました。
この疏水碑は、関岡地内の国道118号線と県道八槻・矢祭山線が交差する小高いつつみの上に建てられています。
▲関岡地内の疏水碑
(3)こんにやくの生産
矢祭町の特産物の「こんにゃく」は、生産される量・品質ともに全国的に知られています。こんにゃくの生産量は、年々ぞう加してきましたが、近ごろは価格がやすくなったり、全国の生産量が多くなってきたりしたためにのびてきていません。
今のようなこんにゃくの生産になったのは、生活を豊かにしようとこんにゃくの生産にはげんできた人々の、血の出るような長い間の研究と努力があったからです。
矢祭町にこんにゃくが作られるようになったのは、はっきりしませんが200年