わたしたちの鮫川村-054/109page
て手当をしましたが、紀美はわるくなるばかりで、ついにどっととこについしたまま、死をまつありさまになってしまいました。
冬がすぎ、春がめぐってきました。青葉の季節となり、油ぜみのなくま夏になりました。
そのある日の夕方、紀美は、長者夫婦をまくらもとによんで、「わたしが死ぬ前に、どうか渡瀬にある大きな池を見せてください。」といいました。
ひとりむすめのたってのねがいを聞いて、長者夫婦は、すぐにかごをたのみ、おおぜいのおともをつけて、むすめを、その池にむかわせました。
一行は、富田部落を通り、つたがおいしげる山道をかきわけて、朝日獄のふもとの大きな池に着いたときには、もう日はくれかけていました。
池は、うっそうとしげったうす暗い森のかげをうつして、ぶきみに静まりかえっていました。
紀美は、おともの人びとのとめるのもきかず、弱ったからだで、ひょろひょろと池の岸に近より、池の底を見通さんばかりに、水面をじっと見つめては、またもの思いにしずむのでした。
しばらく、岸辺にたたずんでいた紀美は、なにを思ったのか、いきなり身とをおどらせて、ざぶんと大池の中に飛びこんでしまいました。
はもんは、うす暗い森のかげをくずして、池いっぱいに広がり、しばらくいようの間、水の中から異様なうなりごえが聞こえました。おともの者たちもあっけにとられて、どうしょうもなく、立ちすくむばかりでした。
しばらくすると、ふたたび、水面にはもんがおこり、そこに目もくらむばかりの黄金の鮫がうかび上がりました。
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