体験学習の手引き -003/036page

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漆 器(しっき)

 全国的に有名な会津漆器は、伝統と新技街をふまえた産業として注目されています。会津漆器 は木製漆器が中心で、ひとつの椀(わん)にも伝統の技を支える職人たちの心がこめられています。

1. 会津漆器の歴史

室町時代、会津の領主、芦名盛高(あしなもりたか)のころ、漆(うるし)の栽培(さいばい)や漆を塗った木の鉢(はち)や椀がすでに作られて いたと伝えられています。しかし、これが会津漆器の起こりかどうか、はっきりしません。漆器 が本格的に作られるようになったのは、天正(てんしょう)18年 (1590)に蒲生氏郷(がもううじさと)が会津の領主になってからで す。氏郷は、近江(おうみ)の日野椀(ひのわん)の作りかたを学ばせる ために、木地師(きじし)や塗師(ぬりし)を会津に移住させました。 江戸時代、保科正之(はしなまさゆき)は、漆器産業をさかんにしま したが、その後、寛政(かんせい)年間(1789〜1800)に田中 玄宰(たなかはるなか)が京都から人を招き、蒔絵(まきえ)の技術や金ぱく、 金粉の作りかたなどを学ばせて技術の改良をしま した。一方、江戸に会津物産会所を設けたり、長 崎で中国やオランダへ輸出して、積極的に販売し ました。明治になってからさらに技術を改良し、現在は、食器、花器、文具、茶器、仏具など、 多くの種頬の製品が作られています。会津漆器の歴史は、長い間の工夫が積み重ねられてきた手 づくりの歴史だといえます。

会津漆器の製品
 会津漆器の製品

2. 会津漆器の作りかた

 材料は、木地(きじ)として、ブナ・トチ・クワ・ケヤキ・ホウ・キリなど会津産の木材が使用され 塗りは、天然漆(うるし)(国産・中国産)のほか、ベンガラなどの顔(がん)料、金銀箔(はく)粉が使用されます。製造 は、木地(きじ)作り、下地付(したじづ)け、塗(ぬ)り、加飾(かしょく)の工程に分かれます。

(1)木地作り
 木地は、丸物(まるもの)と板物(いたもの)に分けられます。丸物は、ろくろによって作られた椀、茶たくのようなも のです。板物は、重箱(じゅうばこ)、すずり箱などの箱型のようなものです。丸物を作る人を木地師(きじし)と言い、 板物を作る惣輪師(そうわし)と区別して呼んでいます。丸物は荒型(あらかた)(だいたいの形を作ること)で人工乾燥(かんそう) をし、水分を全くなくして、自然の状態で2、 3週間おいてからろくろ作業に人ります。板 物木地は、ホウの木のうすい板で箱型を作り、 四角(よすみ)は、鋸で引き目を入れて曲げる挽(ひ)き曲(ま)げ、 や、お湯に入れて曲げる湯曲(ゆま)げなどで丸くし ます。

木地作り(丸物)
 木地作り(丸物)


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