わたしたちの会津若松市〔第4学年〕-055/071page

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土地のようすを歩いて調べる豊助たち
土地のようすを歩いて調べる豊助たち
土地の高さをはかる豊助たち
土地の高さをはかる豊助たち
[人々のねがいと佐藤豊助の努力]
◆人々のねがい◆
戸ノロぜきが完成して100年以上たっても,日でりの害はなくなりませんでした。水不足で米はほとんどとれず,人々はたいへんこまりました。
若松の町を流れる川の水もお堀の水もへっていくさや火事のときたいへん心配しました。「もっとたくさんの水を若松の町に引きたい。」というのが人々のねがいでした。
◆佐藤豊助の努力◆
●140年ほど前,会津藩のさむらいで,佐藤豊助という人がいました。
●豊助は,若松の町にもっとたくさんの水を引くよう藩からめいれいされました。
●猪苗代湖から引いている戸ノロぜきの水に目をつけた豊助は,用水路のはばを広げて深くほること,飯盛山に洞門をほること,慶山で湯川から引いた「かりがねぜき」と合わせて水を流すこと,これらの3つの工事によって若松の町にたくさんの水を流すことができると考えました。
●工事が始まり,やっとできた土手が,雪どけ

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