すばらしい先輩たち 会津人のほこり(第1集) -008/197page

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たのです。

 七歳のときに、家族とわかれて横浜(よこはま)の養家(ようか)にもらわれてきたかし子は、生活のちがいになかなか慣(な)れることができませんでした。あまりじょうぷでなかったかし子でしたから、

「ご飯をいっぱい食べて、早くじょうぷになっておくれよ。」

と、山盛(やまも)りに出される白いご飯も、かし子にとっては胸がつかえるばかりでした。そのころの貧しい会津の家では、雑炊(ぞうすい)が毎日食べられればよかったのです。

 栄養(えいよう)があるからといって、生卵(なまたまご)をすすめられるのですが、あの、どろっとした卵をみると、かし子は、はき気がしてきます。かし子のからだにはあわなかったのかもしれません。

「また、卵を残したの。こんな栄養のあるものを残すなんて、もったいないじゃないか。」


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