すばらしい先輩たち 会津人のほこり(第1集) -047/197page

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とよみました。むかし、小平潟(こびらがた)の浜で遊んでいた梅少年のすぐれたオ能はここにみごとに花ひらいたのです。


新撰菟玖波集(しんせんつくばしゅう)


           

 その後の兼載(けんさい)は、北野会所奉行(きたのかいしょぶぎょう)として貴族や武士、各地の大名などの連歌(れんが)の指導をつづけ、名声(めいせい)はますます高くなっていきました。しかし、兼載の残した大きな仕事は、宗祇(そうぎ)と協カ(きょうりょく)して新撰免玖波集という連歌集を作ったことであります。

 短歌の才では勅撰和歌集(ちょくせんわかしゅう)のいくつかをはじめとして、多くの歌集がありました。しかし、連歌の才では菟玖波集(つくぼしゅう)が作られてから百年あまりの間、歌集は作られず、このころになってようやく第二の連歌集を作ろうという動きがさかん


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