すばらしい先輩たち 会津人のほこり(第1集) -093/197page

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 涙を、よごれた着物のそでロでぬぐうと、リンは家に帰って財布(さいふ)つくりを始めました。会津にいたころは、藩(はん)の上級武士(じょうきゅうぷし)の若奥様(わかおくさま)でしたから、帯(おぴ)はいくらか持っていました。そして、幼(おさな)いころから習いおぼえた裁縫(さいほう)が役に立ったのです。きれいな帯を切って作った財布はよく売れました。うわさをきいて遠くから買いにくる人もいました。

 山に桑(くわ)の葉のあるうちは、桑の葉をとってきて売ったり、財布を売ったりして食事代にあてました。そのほか、山からたきぎをとってきたり米つき、炊事(すいじ)なども、リンの仕事でした。土地がやせていて、気候のよくない斗南(となみ)では米がとれません。明治の政府に願い出て、ほんのわずかの米を救助米(きゅうじょまい)としてもらって生活していたのです。

 明治四年(1871年)十一月、夫の季昌(すえまさ)がようやく許(ゆる)されて帰ってきまし

挿絵

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