すばらしい先輩たち 会津人のほこり(第2集) -005/203page
この作文に、心を打たれた先生や友だちは、みんなでお金を出し合い、清作のかたまった左手の手術をするようにすすめました。
若松の渡部医師(わたなべいし)の手術を受けて、指が動くようになった清作は、
「指が動く、どの指も動く、物がつかめる、ぼくはもう『てんぼう』ではないんだ」
と、さけびました。
三城潟(さんじょうがた)の生家(せいか)と清作
野口清作(英世)は、明治九年(1876年)十一月九日、耶麻郡翁島(やまぐんおきなじま)村(現猪苗代(いなわしろ)町)大字三(み)ッ和(わ)字三城潟(さんじょうがた)の野口佐与助(さよすけ)の長男として生まれました。
清作の生まれた野口家は、もとは田畑(たはた)も多く、わりと豊かな農家でしたが、