すばらしい先輩たち 会津人のほこり(第2集) -020/203page

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それは、細菌(さいきん)学の研究でした。若松の渡部先生のところで、顕微鏡(けんびきょう)の中にうごめいていた回帰熱(かいきねつ)の細菌を見た感動があったのです。清作の目的は、開業医(かいぎょうい)から細菌学の研究に向けられていきました。

やがて、清作は、世界的な細菌学者として有名な北里柴三郎(きたざとしばさぶろう)博士のたてた北里伝染病(でんせんびょう)研究所に助手として入所することになりました。ここの医者は、ほとんどが大学卒業者で、独カ(どくりょく)で開業医の試験に合格しただけの医者はいません。

その中にまじって、どんなことでも学びとる勢いで勉強しました。しかし、助手の資格しかない独学の清作には、なかなか研究の機会を与(あた)えてもらえません。

「やはり、大学を出ていないと医学者になれないのだろうか。独学でも、実カさえあれば研究はできるはずだ。しかし、ぼくには。」

と、思うようになり、暗い気待ちになっていきました。

清作は、生活には困らないほどの月給(げっきゅう)をもらっていたのですが、暗い気待ち


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