すばらしい先輩たち 会津人のほこり(第2集) -029/203page
た。村人は歓迎(かんげい)で大さわぎでした。
「てんぼう」とからかわれたあの清作が、医者になったら太陽が西から出るといわれた清作が、本当に医者になり、それも、世界の大医学者になって帰ってきたのです。
母シカは、英世の出世は中田(なかだ)の観音様(かんのんさま)のおかげだと信じ、英世とともにお礼参りに行きました。英世は、いつも母がおがんでいる観音様に、母への感謝の気待ちをこめておがみました。
そして、英世は、日本で最高の栄誉(えいよ)である恩賜賞(おんししょう)の賞金で、田畑を買いました。一町(ちょう)七反(たん)ほどでした。野口家もやっと一人前の農家になったのです。
父母とともに生まれた家ですごしたのは、十日ぐらいで英世は、医学界の人人の講演会や歓迎(かんげい)会のため、東京へ行きました。いそがしい日程(にってい)のなかで、英世は、えんりょがちな母をつれて旅をしました。