すばらしい先輩たち 会津人のほこり(第2集) -035/203page

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あまり健康ではありません。英世のアフリカ行きは、死にに行くようなものでした。

昭和二年(1927年)十一月、英世は、アフリカのアクラに着きました。英世のすさまじい研究は、ここにきても変わりません。昼夜(ちゅうや)の別なく研究を続けました。こうして、約六ヵ月、研究の見通しもでき、最後の研究をアメリカにもどり、設備(せつび)のよい研究所ですすめようと準備にかかっていたときです。

英世は、背すじに寒けをおぼえ、体がふるえだしました。やっとのこと、宿舎にたどりつき、すぐにベッドに入りました。英世はぐっすりとねむりましたが、熱はさがりません。次第にすい弱しはじめました。黄熱病(おうねつびょう)にかかったのです。英世は、先に軽い黄熱病にかかり、なおったので、二度と黄熱病にかからないはずだと考えていました。

発病して数日たったころ


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