すばらしい先輩たち 会津人のほこり(第2集) -173/203page
ではじめての初段(しょだん)の位をうけました。
若い嘉納治五郎(かのう じごろう)は、弟子たちと共にいろいろと研究し、くふうしながら、新しい技(わざ)をあみ出していきました。
「四郎、来い。」
新しい技を考え出すと、夜でも四郎は嘉納によび出されます。
「いま、こんな技を考えたのだが、やってみよう。」
二人は、夜の道場で、はげしくぶつかりあいながら、新しい技を研究していきました。こうして、浮(う)き腰(ごし)、払(はら)い腰(ごし)などの投げ技(わざ)がうまれてきました。
四郎の柔道は、嘉納の見こみどおり、もともと天オ的な素質があったところに、はげしいけいこをつみ重ねていくうちに、どんどん上達していきました。
20歳になると、四郎は、3段をとばして4段の位をさずけられました。そのころは、それ以上の人はいなかったので、最高の段位をうけたのです。