北会津村誌 -118/534page

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村としての伝統的社会生活を含まない場合のあることがわかる。

 下荒井・蟹川・真渡・鈴淵・中里・石原・田村山・安良田・宮の下・館・出尻・和泉・白山・中荒井・二日町・  東麻生・今和泉・寺掘・鷺林・宮袋・宮袋新田・本田・十二所・上米塚・中新田・下野・金屋・西後庵・新在  家・松野・両堂・小松・古麻生・西麻生・麻生新田・天満・大島・北後庵・柏原・下米塚・三本松

四、町村合併の経過

 むらという語が集団を表すように、古くからの村には、周囲に耕地をもって、一つの社会生活を営む単位的な 内容があった。現在北会津村と呼んでいる村は行政上の単位であって、同じ村という文字を用いるので、内容を 異にしている古い村と混同し易い。古い村の単位は、会津盆地のように集村をなしているところでは、形の上か らも集団をなしていて、戸数の増減、内部的にみた家の盛衰興亡による廃家、分家の増設、移入者の定住などが あっても、生活のための集団的単位は崩していない。

 明治維新後、中央政府の下部組織として、この各部落単位は動かないのに、これを積みあげてゆく大字町村別 による区分の方法、大小は幾変転を経てきている。この最も村人に関係のあるのは、各部落をいくつか集めて明 治八年に大字組織をつくったことと、この幾つかの大字を集めて、村長・村会議員をもつ、国政上よりの最下部 の自治組織である村の組織・範囲が変転を重ねたことである。

 明治八年につくられた大字は大体固定したかにみえて、例えば川南村宮木から下野・金屋が分離するなどのこ ともないではないが、議会・大字区長があるわけでなく、殆ど慣行的な生活に組みこまれて安定しているのも多 い。

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