北会津村誌 -257/534page

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箇村の者、元和八年此処に新田を開く、寛永年中洪水して河原となる、此高六石三斗五箇村にて今に納る。
一、西河原 村の西五町四十五間に有、南北四町三十八間、東西一町二十一間、出尻、宮下、館村、田村山村、石原村と八合、草を刈に便よし。
一、的場河原 村に続く東西二十八間、南北十八間、石河原。
 右の河原に薬草有、活蓬、五加、車前草、免絲子。
一、米九斗七升八合出し、逆瀬川村、軽沢村山に入て薪を伐る。
一、村に有所の鳥、雀、むく鳥。
貞享二年書上げ
 会津郡荒田村 田舎道十里
一、鎮守熊野権現、祭礼九月十九日、宮下社家来祭。
 相殿 湯殿、稲荷
一、菩提所真言宗多光山東泉寺、高壱石五斗五升寄進、外六斗九升三合新田高宮下より寄進。
一、漆役木数三百本分有、蝋漆上納而不足分代金上納。
一、逆瀬川へ御年貢米六斗四升宛年々出、葉柴、かくまを秣取。
一、軽井沢へ相場米二斗宛年々出、葉柴、かくまを取。
一、葭泥河原 当村、石原、田村山、館、宮下五ヶ村入合当村にて支配す。
一、蟹川へ代六百文づつ年々出、大川舟橋を渡る。
一、家職 縄大、筵少、田畠稼の間に出す。
文化六年風土記より

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