喜多方市の文化財 -050/055page

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安土
桃山
天正10 1582 左瀬大和が出戸田付村の町割をし小田付と名付ける。
    中田付村の市を小田付村と小荒井村に分ける。
天正13 1585 関柴備中の内応により、伊達の軍勢入田付越より北方に侵入する。
天正17 1589 芦名義広が伊達政宗と磨上原で戦い敗れる。
天正18 1590 蒲生氏郷会津に封ぜられる。
文禄元 1592 黒川城 (若松城) が築かれる。
慶長6 1601 熊倉村に月六斎の市がたつ。
江戸 慶長13 1608 別府の一里塚築かれる。
慶長16 1611 会津地方に大地震おこり、熊野神社長床などが倒壊する。
慶長19 1614 新宮能熊野神社長床が再建される。
寛永18 1641 小荒井村諏方神社が現在地に移転される。
寛永20 1643 保科正之が会津に封ぜられる。
万治3 1660 大塩平左衛門が雄国新田を開く。
寛文5 1665 入田付光徳寺の僧行誉が願成寺を再興する。
寛文10 1670 松野村千光寺経塚から石櫃等発掘、藩命により埋戻される。
延宝1 1673 このころより喜多方地方に藤樹学盛んになる。
貞享2 1685 無為庵如黙が真木村に配流される。
天明8 1788 熊倉村、小田付村、上三宮村に代官所が設置される。
文化6 1809 新編会津風土記が完成される。
明治 明治元 1868 戊辰戦争が始まる。鶴ヶ城が開城される。
明治6 1873 各区に小学校が開設される。(寺院等に学校を開設)
明治8 1875 喜多方町制施行される。

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