高郷の地質と化石 会津化石研究グループ -046/066page

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10・20  この日、新しく参加した猪俣が、1回目の発掘地点の近くで化石を採取する。
11・3  6月2日に発見した化石を発掘。さらに、発掘地点に近い2ヶ所からも発掘する。
10・23〜24  国立科学博物館(新宿分館)を訪れ、標本資料を観察する。その結果、クジラの脊椎骨とひれの一部に最も似ていると判断する。
1975・1・6  国立科学博物館(上野)を訪問する。
6  樽野博幸氏(大阪自然史博物館)よりクジラ化石との鑑定をえる。
11  報告書「塩坪層産のクジラ化石」が、県立若松女子高校自然科学部地学班によって発行される。

2、第2次発掘{1980年(昭和55年)〜1983年(昭和58年)}

 第2次発掘、1980(昭和55年)10月新郷発電所の水位低下工事によって始まります。クジラ化石産出層(第1次発掘)の一部が破壊されるおそれがでたため、化石保存のための調査が行われたからです。そんな中で、さらに新しい化石(カイギュウ・アシカ)が発見され、おりから、特に新しく建設される郷土資料館づくりと結びつき、会津化石研究グループを中心に、高郷地域の歴史を知る手がかりに化石の調査研究がすすめられたのです。村民といっしょになった化石の発掘・クリーニング・資料展示計画(大昔の高郷)の2年間にわたる活動は、村文化財指定(天然記念物)、高郷村郷土資料館完成となって実を結びました。

1980・10・30  新郷発電所の水位低下工事による川岸一帯の文化財、遺跡等の保護村策の措置について、東北電力より高郷村教育委員会へ何いがある。文化財保護審議会は実地踏査し、川岸一帯の化石保護と歴史的遺跡の保存を申し入れる。同時に、化石保護対策を渡部正(当時、若女高)・小林昭二(当時、喜女高)に依頼する。
11・3  AM9:00より塩坪橋下で、工事関係者の破壊場所の説明を聞き、付近一帯のクジラ化石調査を始める。午後、調査終了間際に肩甲骨らしきものを発見する。調査参加者4名。

アイヅタカサトカイギュウの肩の骨化石が砂岩に埋っているようす
アイヅタカサトカイギュウの肩の骨化石が
砂岩に埋っているようす


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