西会津町勢要覧 -005/022page

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ばんちゃのはなし 信仰の故郷

◆ 弘法大師に諭されたおんばさま

昔、新潟の方のムラに、髪は銀色で痩せこけた老婆が一人幕らしていた。昼間は普通の婆あさんだが、夜も更け、うし三つ時になると鬼女になり、村の赤ん坊をさらっては食っていたという。これを聞いたのが巡錫(しゃく)中の弘法大師。なんとか諭そうとしたが、鬼女は聞かず、西会津へと逃れてきた。

屋敷、楢木平、熊沢、柞畑と疾風のように走り、鬼光頭川の険しい岸辺を登ろうとしたが、とうとう大師に追い詰められて、川辺の岩屋に閉じ込められた鬼女は、大師の説教にしだいに邪心が落ち、悔い改めた後は、安産と子育ての神となった。これが柞畑に残るおんばさまである。

おんばさま

◆ お諏訪様の馬じゃあんめぇし

昔は若いものが家の中でゴロゴロしていると、「お諏訪様の馬じゃあんめぇし」と言って叱られたものだという。お諏訪様とは野沢本町に鎮座し、野沢郷四十余ヵ村の総鎮守の神社。そのために、雪のように真っ白い御神馬がいた。当時の馬と言えば、田畑や運搬の仕事を手伝うのがあたりまえだったが、お諏訪様の馬は神に仕え、祭礼のときに奉仕するだけの役目だったから、そう言われたのである。今は御神馬のいない諏訪神社。そびえたつ杉の木だけが白馬を懐かしんでいる。

挿絵 白馬

◆ なじょな願いも聞きなさる野沢の山の神様

野沢・大久保に鎮座する山の神様・大山祗神社は「一生に一度は、なじょな願いも聞きなさる」といわれて、古い時代から越後や出羽の人々にまで厚い信仰を集め、今では六月一日から一ヵ月間の例大祭に二十五万人という参拝客で賑わう。また、この神社には「二年参り」という独特の信仰がある。これは旧暦の大晦日に参詣して一年間の無事に感謝を捧げながらそのままお籠りをし、元旦を知らせる太鼓の音とともに再び無病息災の参詣をするところからそう名付けられた。昔、徒歩の時代は二メートルを超える積雪の暗夜、要所要所に焚かれるかがり火を頼りに大勢の善男善女が出掛け、思い思いの宿で飲食などをしながらお籠りをした。それは現在でも長い冬のひとときの楽しい伝統行事として盛んである。

山の神様


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