会津本郷の野仏 -009/090page

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14 無縁塔(むえんとう)

  世の中には、弔(とむら)ってくれる縁者のない使者が数多く存在します。大きな自然災害や、大火の後には“無縁仏”が必然的に起こります。

 上荒井真福寺境内に、明治二十二年・八重松に大正六年・相川には昭和十年・本郷の円通寺境内に昭和四十五年・三日町太子堂境内に大正四年建立の無縁塔が見られます。

 五期とも地上高ニメートルほどの立派な板碑です。いづれも明治以降(現代)の造立であることから、農耕地の開発や、道路の拡張、基盤整備事業のために、一力所に整理されて造立供養されたと思われます。

 無縁塔の周囲に苔むした異様なお地蔵さんが、並立されていることからも考えられます。

 縁者のない、または絶え果てた“無縁仏。の供養をこぞって行うことはすばらしいことです。


15 阿弥陀種子板碑(あみだしゅじいたひ)

 「南無阿弥陀仏」と、ただ念仏を唱えるだけで、必ず西 方浄土に往生できるという浄土宗、浄土真宗の教えが大衆に浸透し、民間信仰として拡まっていくにつれ、ただ有り難いしるしとして“阿弥陀種子”が石造仏に現れてきました。

 福永の藤巻神社境内に、室町末期(四百年前)ごろ造立されたと推定される「阿弥陀一尊・三尊種子板碑・横川入口に、阿弥陀一尊・無彫刻種子板碑・宗頤にも、阿弥陀三尊種子板碑」の五基が見られます。

 阿弥陀一尊種子はキリーク( 文字1 )・三尊は、主尊( 文字2 )の右下に脇侍である聖観音の、サ( 文字3 )と、左下に勢至菩薩サク( 文字4 )を従えた三体で造立されています。

 このような“種子板碑。の貴重性を大切にし、後世に伝えるために「町指定の文化財」として、厚く保護をしています。


16 不動尊

  不動尊は大日如来が、いっさいの悪魔、煩悩を降伏されるために姿を変えてこの世に現れた輪身であるといわれます。

 「ひどく怒った顔、左へ髪の毛を長くたらし、右手に剣、左手に衆生を救う色糸を下げ、背後にカルラ烙を背負って


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