会津本郷の野仏 -014/090page

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 納経塔の中で最も多いのは「奉納大乗妙典六十六部日本廻国供養」と刻まれた、廻国塔とも呼ばれる供養塔です。

 釈迦滅後五十六億七千万年後に弥勒菩薩(みろくぼさつ)がこの世に下生するまで、大乗妙典の法華経を日本の各国霊場に保存を図る目的で六十六力国を廻国して納経するというものです。

 本郷上“土俵河原”と呼ぶ所に「奉納大乗妙典六十六部供養塔」・同石面右高に天下和順・左高に日月清明・東石面に寛政十二年庚申・西石面に三月吉日その真下に行者新八と刻まれた、町では珍しく立派な納経塔が一基見られます。

 日本廻国大願成就を果たした行者やその助力者が記念に建立したものです。

 全国を廻国することは、自らの脚が頼りのことで、全くの大事業であったことと想像されます。

 地上高2メートルにも及ぶ廻国塔の周囲が荒れ果てているのが残念に思われます。


27 題目塔

 題目塔は、日蓮宗系の寺院に必ず見られるといわれます。

 日蓮宗では「法華経」を最高の経典として「妙法蓮華経」を御本尊と仰いでいます。

 そして「南無妙法蓮華経」の七字の題目を唱えることを日常最も大事な実践行であるとしています。

 相川観音(会津札所二十二番)境内裏山に町では唯一の“題目塔”が見られます。

 享保七年(1722)の造立で、刻字も風化が進みくずれていますが「妙法華経塔」と確かに読むことができます。

 7年の長さと年月をかけて現在の観音堂が、享保二年(1717)の秋に再建されていることから、題目塔は5年後に造立されたことになります。


28 福光の富士浅間講(ふじせんげんこう)の碑

 “浅間講”とは、富士山に登って“浅間神社・に参拝し、仏道修行をする信徒のグループをいいます。

 “浅間神社”は、旧官幣大社で祭神はコノハナサクヤヒメノミコトニニ一ギノミコト・オオヤマツミノミコトとされています。

 神体は富士山の八合目以上、垂仁天皇三年(前27)の創建と伝えられます。

 「福光の富士浅間講碑」は、集落の南に外れて路傍に立つ異様な形をした地上高2.25メートルを越す自然石の


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