時空抒情 新鶴村村制施行100周年記念誌 -038/057page

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佐賀瀬川荒井家の蔵
佐賀瀬川荒井家の蔵

「荒井図書館」の有する意味

 新鶴村の基幹産業は、昔も今も変わらず農 業である。しかし、昭和二五年当時八五パー セントだった農業人口も平成になってからは 三〇パーセント台となり、深刻な後継者難の 問題を抱えている。また、農業粗生産額も昭 和五七年頃をピークに年々下降線をたどって いる。国においても農村崩壊に対する危機感 は高まっており、現在は、食糧・農業・農村 基本問題調査会によって、昭和三六年に制定 された「農業基本法」を見直し「新農基法」を策 定するための論議がなされている。
 その中では、農業は単に人艮糧を生産するの みならず、洪水の防止、地下水の涵養(かんよう)、都市 住民の憩いの場の提供、生物や大気の保全な ど、さまざまな公益的機能を有することも話 題となっている。農水省の平成元年度の試算 によると、水田だけでも約一二兆円分の効果 があり、同年のコメ総産出額三兆二〇〇〇億 円を大幅に上回っており、これが「農民は勇 敢な国土防衛隊」とする根拠である。
 しかし、それは農業が受動的に持つ一面に 過ぎない。もっと能動的なもの、人間が人間 たる積極的な意味合いが農業にはあるのでは ないか、といった論議も最近はよく耳にする。 中高年者の帰農増加や、都市住民の約四〇パ ーセントが農村移住を希望していること、そ してグリーンツーリズムもまた、その論議の 視野に入っている。
 確かに農村には、盆踊りや小正月といった 年中行事、初冬の大根干しといった日常の生 活景、田植えなどの作業景から醸(かも)し出される 抒情的景観があり、それが疲弊した現代人に 潤いを与えることは想像がつく。だがおそら くキーワードは文化としての農業″にある のではないだろうか。
 古典経済学の始祖アダム・スミスは、その 著作『国富論』の中で、農業労働は広い範囲の 知識、技能を必要として、しかも日々の創意 工夫が成果となってあらわれる、きわめて人 間的な労働と述べている。さらに、詩人・童 話作家として有名な宮沢賢治の『農民芸術概 論』には、「農民芸術とは宇宙感情の 他人 個 性と通ずる具体的なる表現である/そは直観 と情緒との内経験を素材としたる無意識或は 有意の創造である/そは常に実生活を肯定し これを一層深化し高くせんとす」と、同根の 思想が流れている。
 文化を意味するカルチャー≠ノはまた、耕 す″という意味もあるという。生物進化の盟 主として君臨してきた人類は、経済至上主義 による進歩史観を転換する必要性に迫られ、 その活路を農業に求めようとしているかのよ うに見える。農業詩人として宮沢賢治がクロ ーズ・アップされる理由もそこにあるのだろう。

都会ではもうみられなくなった端午の節句の武者幟
都会ではもうみられなくなった端午の節句の武者幟

道祖神を祭る正月の火祭行事サイノカミ
道祖神を祭る正月の火祭行事サイノカミ(佐藤文夫氏提供)

農村ならではの年中行事・正月の団子さし
農村ならではの年中行事・正月の団子さし(佐藤文夫氏提供)


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