新鶴村 地名の由来 -061/079page
澤 中(さわなか)
米沢村の沢有り,米沢と云う一部に千手観音堂有り天文年間白髭の水と呼ばれた大洪水(天文5・1536)で桧の目集落に流れる。澤中(さわなか)甲
集落中央沢中南一部分に甲の地名,八幡神社有り。長谷川利男氏宅地の一部。池 尻(いけじり)
集落西堤有り元池が有り其の所に「馬造り場」と呼ばれる地名がある。池の尻。村 前(むらまえ)
集落の南方前を云う。
● 遺跡 村前遺跡・奈良・平安時期瀧 原(たきはら)
集落南西幾つかの滝があったことから名付けられた。昭和初期頃まで水車小屋有り,西浦との境に沢上と云う地名有りここに火防用堤があったが,昭和32年の水害で無くなる。中西浦(なかにしうら)
集落西方の一部。
● 遺跡 中西浦遺跡・奈良・平安・昭和60年試掘村 西(むらにし)
集落西で神社・寺の辺を云う。池 南(いけみなみ)
藩千歳桜の周辺を云う。千歳桜の北100米の辺に供養壇有り。
● 県指定天然記念物・千歳桜
推定樹齢460年,根岸中田舘主富塚伊賀守盛勝が千歳と云う婦人の供養のため植えたと伝承有り。付近にこの婦人の供養壇と伝えられる円墳や経塚等があったが今は失われている。蛇 合(へびあい)
千歳桜南に有り,蛇屋敷と共に屋敷跡である。
● 遺跡 蛇合屋敷遺跡・奈良・平安時期 昭和60年試掘林ノ下(はやしのした)
石神堂の下集落西方,山の下林だった為山の裾を云う。白山前(はくさんまえ)
昭和27年頃白山前の地名,一部に堤が出来た。