わたしたちのふるさと 金山町-072/104page
(3)水害をふせぐ
奥会津地方の水害
何日も雨がふりつづいていた昭和44年8月12日の朝にはとても強い雨になり、野尻川や只見川のあちことで氾濫するほどになってしまいました。
橋が流されたり、家も水びたしになるところもたくさんでました。とくに山人の大岐地区では、全部の家が流され、5人の死者がでました。このとき町全体では8人がなくなり5人の重傷者を出した大きな水害でした。
またこの水害では、国道にかかっていた水沼橋も流され、新しい橋ができるまで2年もべつのところを遠まわりしなければなりませんで
昭和44年の水害
水害時の水沼橋
新しい水沼橋