下野街道(南山通り) -029/109page
(14) 中山峠石塔群
下野街道の中山峠南側中腹付近は、近世の道と近年の道が幾重 にも交錯し、その道程は明らかではありません。唯一ここに残っ ている「右は山、左は若松」と刻まれた道標により、この道が旧 街道だったという名残を留めています。
この説明板が立つ一体を地区の人たちは 「お庚申(こうしん)様」と呼んで います。この左奥には笠石・竿石・蓮弁などに三猿を刻み込んだ 一際大きな天和三年(一六八三)の塔のほか、延享二年(一七四五)の 庚申供養塔が建ち、この外にも文化九年(一八一二)の巳待御祭壇 碑や文政三年(一八二〇)の四讀尊碑が並んでいます。
いずれも遠い時代の人々が立てたものであり、往時を偲ばせる ものがあります。倉谷宿から大内宿までは二里二町(約九km)。正 徳二年(一七一二)の資料によると荷一駄の駄賃は四十九文となっ ています。馬子達は一日に何度となくこの峠を愛馬とともに上り 下りし、日銭を稼いでは生計の足しとしたのでしょう。
そして時には、南の山を眺めながらこの地で一息ついたのかも しれません。