わたしたちのきょう土 只見町-121/130page

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年号 町のできごと 参考事項
大正8年(1919) ・このころから自転車がはやる。 ・小林の修学旅行ては,小林→柳津→若松→田島を歩く。
・小林小学校が初めて修学旅行をする。
大正10年(1921) ・只見に酒を作る会社ができる。 ・九々生にも酒やしょうゆを作る工場があった。
・黒谷川水力発電所ができる。 ・馬やニワトリを飼う家が増えてくる。
大正11年(1922) ・電灯がつく。(741軒の家に1268灯) ・今まで明かりをとるには,ランプ・ろうそく・松の木等を使っていた。
大正12年(1923) ・自転車が5けんに1台の割合て広まる。 ・関東大震災がおきる。
大正13年(1924) ・大塩〜只見〜小林の間にバスが通るようになる。 ・徒歩と人力車の時代から,自転車と自動車の時代に移る。
・ラジオ放送がはじまる。 ・メートル法がつかわれるようになる。
大正15年 ・小林小学校が改築される。  
昭和元年(1926) ・布沢分校の校舎が完成する。
昭和2年(1927) ・只見川の下流にダムができて材木の運搬がてきなくなる。  
昭和3年(1928) ・伊南川で大洪水がある。  
・柳津まて汽車が来るようになる。
昭和4年(1929) ・トランクで物を運ぶようになる。 ・一般にはまた馬車が使われていた。
・生糸のねだんが下がる。 ・村の人々の生活が苦しくなる。
昭和5年(1930) ・炭焼きがさかんになる。  
昭和6年(1931)   ・満州事変がおきる。
昭和8年(1933) ・大豊作になる。  
昭和9年(1934) ・大凶作となる。5月に157pの雪があった。 ・東北地方は大冷害となる。
・南光社が解散する。 ・村を離れて出稼ぎに出る人や,北海道などに移住する人がふえてくる。
・若松から田島まて汽車が通るようになる。
・電話が普及しはじめる。 ・ブダを飼う家が増える。
昭和10年(1935) ・スノーシェッドが初めて作られる。(塩沢)  
・なだれ止め・堤防・せきの工事がたくさん行われる。
・青年学校ができる。
・雪の害を少なくする研究が始まる。

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