博物館学習指導の手引き-010/098page

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

■小学校4学年社会科

単元名・単元のねらい 主な学習内容 博物館資料 資料活用の視点
2、わたしたちの生活と工業生産

(1)伝統的な技術を生かした工業

・大堀相馬焼を事例に伝統的な技術を生かした工業に従事する人々の自然条件を生かし、長い歴史の中で、改良を加えながら、焼物の仕事を継続させてきた人々の工夫や努力についてとらえる。
・相馬のやきもの人堀焼

・大堀焼ができるまで

・大堀焼の歴史

・伝統を受けつぐ

・企画展図録no.11

「相思のやきもの」

・ビデオ「大堀焼ができるまで」

・やきものの種類と製造工程

・パネル「大堀焼の製造工程」

・企画展図録no.11

・灰釉駒絵徳利(19世紀)

・灰釉油壷(18世紀)

・灰釉駒絵土瓶
・相馬のやきものには、現相馬市田代窯の相馬駒焼と大堀相馬焼の2種類がある。

・駒焼は藩の御用窯の伝統を保ってきたため、「他所出」にならなかったが、大堀焼は、民窯として発展し、販売は盛況をたどっている

・大堀焼の特徴として、1)「青ひび」といわれるひび割れの地模様、2)「走り駒」の絵の手描き、3)「二重焼」の構造があり、素朴な味わいがあることに気づかせる。

・製造工程での工夫や苦労をとらえさせる。

・大堀焼は、元禄3(1690)頃に、藩士半谷休閑の下僕であった左馬が、相馬田代窯の製陶技術を学び、大堀村(現浪江町)に開窯したといわれる。

・江戸時代の相馬焼は、「青ひび」「駒絵」といったイメージとは、かけ離れたものであったことをとらえさせる。

・駒の輪郭は濃い墨で、たてがみと尾は博墨で描いている。人堀焼徳利の典型。

・風鈴のような形で裾が外に張り出し、安定した筒形、大堀焼油壷の祖形。

・駒が正面に2、裏に1、蓋に1と画かれている大きい山蓋、頑丈:なひねり耳など形態、実用性(機能)とも勝れている。

・相馬藩は、大堀焼を藩の特産物にしょうと産地に瀬戸役所を設置して、資金の援助や原材料の確保等保護育成に努めた。

・大堀焼は、飯碗を中心とした飲食器を武器に急速に市場を開拓し、安価で質のよい碗は、それまで漆器中心であった東」ヒ地方の日常食器に大きな変化を甘えた。

・18世紀の仙台藩は、相馬藩とならんで人堀焼の最人の消費地で、他を圧倒的に「上回る量の大堀焼が流通していたわけを考えさせる。

・昭和53年に、国の伝統的な工芸品として指定を受けた。

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

掲載情報の著作権は野馬追の里 原町市立博物館に帰属します。
野馬追の里 原町市立博物館の許諾を受けて福島県教育委員会が加工・掲載しています。