関連単元名:二つの戦争と人々の暮らし
展示コーナー:f:近代化のあゆみ
資料名:原町紡織株式会社の設立染色精錬室
原町紡織株式会社の設立
政府は製鉄などの重工業・製糸・紡績業を中心として、近代産業を育てようとする。工業では常磐炭坑の開発を進める。これまで家内工業で行われた絹織物工業は株式組織の事業所や工場となる。明治31年(1898)鉄道の開通とともに原町商業銀行が開行され、原町製糸合資会社などの製糸工場ができる。大正9年(1920)、原町紡織株式会社が設立し「原紡」と親しまれ、昭和41年(1966)まで営業された。
工場内の様子
昭和20年(1945)2月と8月、原町紡織(株)は隣接する陸軍原町飛行学校とともに空襲を受けが、2月は工場施設の破損は軽く、授業に支障はなかったが銃撃による死者が4名。8月には工場の一部を残しほぼ全焼し、生地や製品は約一週間終戦の8月15日まで燃え続けた。昭和41年(1966)4月、原町紡織株式会社は青木染工場株式会社に営業譲渡される。繊維工業から企業内容を変更しエレクトロニクスに進出したが、昭和52年(1977)4月に閉鎖をし生協団地となり、現在は住宅地となっている。
原町紡織株式会社創立総会議事録
創立趣意書
昭和17年(1942)軍需工場の指定。軍需品受注割合
海軍 陸軍 織布部門 0.07 0.93 帆布部門 0.33 0.67 染色部門 0.03 0.97
家が建ちならぶ原町紡織跡地