大熊町民話シリーズ第1号 民話 苦麻川-002/055page
「ああ、うまかった。」谷川の水で、のどをうるおした藤兵衛が二〜三歩あるきだしたとき、赤しゃけた毛(け)が一杯はえている太い腕が一本ニョキッと道にさしだされました。
藤兵衛はきにもとめずにヒョッと腕をまたいだとたん、ワハッハァ、ワハッハァと天をゆさぶるような笑い声が頭上の大木のしげみのあたりから聞こえたかと思うと、ふわりと雲をつくような大天狗が、大きな団扇(うちわ)を片手に目の前におりたちました。
「藤兵衛、お前は偉い奴だ。褒美(ほうび)にこれをやるぞ。」天狗はふところから鹿笛(ししぶえ)を取り出して与えながらいいました。「今度お前の家に行くからその時は女は全部よそにやっておけ。天狗に女は絶対に鬼門だぞ、忘れるなよ。」と念をおして立ち去りました。
やがて約束の日が来ました。
藤兵衛は速くから妻や下女たちに用事をいいつけて使いに出し、酒や肴(さかな)を準備して天狗の来るのを待ちうけました。やがて約束の刻限(こくげん)になったころ、裏の大杉にサワサワと天狗のおり立つ気配とともに「藤兵衛来たぞ。」とのっそり入って来ました。
そしてさっそく二人で酒もりを始めました。一方、使いに出された藤兵衛の妻は、今日の夫の態度がふにおちません。だんだん不安になって来たうえに、一体何をしているんだろうと好奇心にかられ、抜き足、さし足家に帰って来てそっと戸の隙間(すきま)からのぞきました。とたんに、「藤兵