大熊町民話シリーズ第1号 民話 苦麻川-018/055page
《第八話》
美女泣かせのせせらぎ
むかし。
漆千貫(うるしせんがん)か、米千貫か、,弓千張(ゆみせんはり)か、銭(こがね)千貫かを持っている程のふくしい人を長者様と呼んでいました。
いつの頃か野上の里の下手(しもて)に忠兵衛という長者様がすんでいました。忠兵衛長者の独り娘の小夜姫(さよひめ)は、生まれおちてからなに一ツの不自由もなく、多くの侍女(じじょ)たちにかしずかれて、蝶よ花よと楽しい歳月(としつさ)のうちに育ちましたが、やがて齢(とし)も二八(にはち)(一六才)になりましたので、毛戸(もうと)の里の糠塚長者(ぬかづかちょうじゃ)の世継(よつぎ)のもとに嫁(とつ)ぎました。
山の長者屋敷の庭に咲きほこった桜花(さくら)も散り、山吹(やまぶき)の花がさき乱れ藤の花が紫にたれる頃、野山は青葉にむせて、小夜姫が嫁いでから初めての節句の日がやって来ました。
「ゆっくりと実家(さと)にとまっておいで。」優しい姑の言葉におくられた小夜姫は、付き従う小女(こおんな)に、里へのお土産にと、たくさんの柏餅(かしわもち)やワラビを背負わせて、阿武隈の山路(やまじ)づたいに葉芹川(はぜりがわ)沿いの道をいそぎました。