大熊町民話シリーズ第1号 民話 苦麻川-019/055page
ところが、どうした事でしょう。歩いても歩いても坂下の部落にたどり着くことができません。
とうとうどちらが西なのか、東なのかもわからなくなってしまいました。空を見上げるといくら歩いてもお陽様(ひさま)は同じところにあるのです。やがて気がついてみると、今までのどかに鳴いていたカッコウ鳥の声も止んで、黄昏(たそがれ)の色がしのびよるなかに、渓川(たにがわ)のせせらぎが、さらさらと流れるばかりです。
疲れきった脚を渓川の水にひたしながらサメザメと涙にぬれた小夜姫は、やがて里帰りをあきらめて、とぼとぼと日隠山の彼方(かなた)糠塚長者の嫁(とつ)ぎ家(や)に引きかえしました。
「美女泣せかい、おらんとこでは、美女流しとも云ってない、こねいだも採ったワラビを上げて拝(おが)んで来ただよ。」
里の古老(ころう)はこんなに語りました。
「下の長者様かい、なんでもなあ、むかし下の里にあった家が中の里に家移りしたときだと、荷物を馬につんでいるうちに、とうねっこ(仔馬)がいなくなってなあ、親馬は仔馬がいないのでやかましく嘶(な)くのでこまっていたところ、しばらくして、仔馬が片脚を引きずるようにして帰って来たので、怪我でもしたかと思ってしらべたら膝(ひざ)から下がベットリと漆(うるし)で固まっていただと……。」