大熊町民話シリーズ第1号 民話 苦麻川-021/055page
い。」と誇らしげにながめていました。
やがて昼もすぎ、太陽が阿武隈の山脈(やままみ)に傾きかけてきましたが田植えは、なかなか終りそうにもありません。
長者様はつぎつぎと使いを走らせて督励しましたが、もう一息(ひといき)というところで太陽は日隠山(ひがくれやま)の彼方に没してしまいました。
じだ足踏(あしふ)んでくやしがった長者様は、たまりかねて黄金(こがね)の靴をはいたまゝ、ジャブジャブと田の中に入るや、サッと日の丸の扇を開いて、「やい、お陽様(ひささ)、返せ、戻れ。」と大声でどなりました。
一度山かげに沈んだ太陽は、長者様の声に再びスルスルと一間(いっけん)ほど空高く戻りました。「さあ今だ。早く植えろ。」長者の叱咤(しった)にあった人々は、汗みどろになって残った田を植え終りました。
お陽様は静かに山の端にかくれ、あたりは黄昏(たそがれ)につつまれました。
「どうだ、お陽様でも俺の力には従うんだぞ。」長者様は得意になって自慢話しに明け暮れていましたが、この事があってから長者の家運はだんだんと傾いて行きました。
「鉄道が出来るというんでな、工事が始まった頃、たくさんの糠塚(ぬかづか)が発掘されてなあ、これはたぶん長者屋敷で脱穀(だっこく)された米糠(こめぬか)がつもりつもったもんだろう、と大騒ぎしたもんだよ。」