大熊町民話シリーズ第2号 民話 野がみの里 - 015/056page
「おれが入る。ナワがない。みんなフンドシをとけ。そしておれに結びつけろ。おれが合図したらひっぱれ。」
嘉兵衛はとびこんだ。そして水中を探した。見当らない。一呼吸してまたもぐる。三度、四度……誰も何も、言わない。しかし気が気でない。何回か繰返し探しているうち、嘉兵衛の脚に手ごたえがあった。彼は手早く貞蔵をだいて合図した。みんなは待っていたとばかりひき上げた。
貞蔵の呼吸はとまっていた。水をはかせようとうつぶせにして背をさすったり、ひざを腹にあてて水をはかせたりしたが、貞蔵はとうとう助からなかった。
嘉兵衛は家に帰った。彼はムコだった。義父はひと一倍気むずかしい老人だった。
「嘉兵衛、ここに坐れ。お前はきょうつつみに入ってひとを助けようとしたことは偉い。しかしひとの命も大事だが、家も大事だぞ、お前に万一のことがあったらこの家はどうなる。」嘉兵衛はだまってうつむいていた。