吉田冨三記念館だよりNo.7号 -006/016page

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 これまでにがんで異常を示す遺伝子は100個近く見つけられていますが、肺がんをはじめとする多くのがんで観察される代表的な異常遺伝子がras遺伝子とp53遺伝子です。なぜこれらの遺伝子の異常が細胞のがん化と結びつくのかということが次の問題です。ras遺伝子はがん遺伝子と呼ばれるグループの代表選手です。正常細胞におけるこのグループの遺伝子はきちんとしたコントロールの下で、細胞の増殖を促進する役割を持っています。一方、p53遺伝子は、がん抑制遺伝子と呼ばれる遺伝子群の代表的な遺伝子で、正常細胞におけるこのグループの遺伝子の機能は細胞の増殖を必要に応じて抑えることにあります。ともに細胞の増殖を正常に保つために大変重要な働きをしている遺伝子です。したがって、一旦これらの遺伝子に異常が起きると細胞はコントロールのできない勝手な増殖をしてしますのです。
 細胞はその核の中にお父さんとお母さんそれぞれから受け継いだ染色体をペアで含んでいます。したがって、同じ遺伝子を2個ずつ持っていることになります。がん遺伝子の場合、この2個の遺伝子のうちどちらか一方に変異が起こり、異常な働きをするたんばく質を作るようになってし まうと、たとえもう一方の遺伝子が正常であっても細胞をがん化する方向に働きます。一方、がん抑制遺伝子の場合には、2個の遺伝子の両方の働きが失われて初めて細胞のがん化に影響を及ぼします。1個の遺伝子が正常で、正常なたんばく質が作られる限り正常な状態が保たれます。このことは遺伝性のがんを理解するうえで大切なことです。受精卵の段階で遺伝子に変異があると、体中の細胞に変異遺伝子が存在することになります。がん遺伝子に変異がある場合には、たとえ正常たんばく質があっても変異遺伝子から異常たんばく質ができてしまえば、細胞は勝手な増殖をしてしまうので、とても正常な発育は望めません。ところが、がん抑制遺伝子の場合には、正常な遺伝子が残っていれば、細胞はあくまでも正常であり、正常な子供が誕生してきます。ところが、生まれた子供の体内の細胞が、あるがん抑制遺伝子の一方に既に傷がついていることになります。ですから、残っている正常遺伝子に異常がおこり、2個の遺伝子両方が異常になる確率は、正常なヒトに比べて、はるかに高いことになります。したがって、がんになりやすく、しかも、若い年齢でがんが発生してしまいます。このひとに子供ができれば、この変異遺伝子が遺伝して行き、遺伝性のがんの家系ができてしまうことになります。

ras遺伝子、p53遺伝子

 遺伝子のA、G、T、Cの並び方がコピーされてメッセンジャーRNAと呼ばれるRNAができます。 このRNA上に並んでいる塩基の三個ずつの単位が情報となってアミノ酸一個ずつの並びを決めてゆき、それぞれの遺伝子特有のアミノ酸の並び方を持ったたんばく質が合成されます。rasa遺伝子から合成されるたんばく質は189個のアミノ酸でできていますが、遺伝子に傷がつきがん遺伝子に変化してしまった場合、12、13、61番目のどれかのアミノ酸がもともとのアミノ酸とは違うたんばく質が合成されるようになってしまいます。正常にコントロールされている細胞では、増殖因子が細胞の外側にきて、細胞の表面に突き出している受容体の一部に結合することで増殖のためのシグナルが遺伝子のある核に伝えられます。増殖因子が受容体に結合すると受容体の細胞の内側に存在する部分自身が酵素として働くようになり、自分自身の構成アミノ酸の一つであるチロシンにリン酸を結合します。リン酸化された受容体には、特定のたんばく質が結合するようになり、そのたんばく質にさらに別のたんばく質が結合するという具合に、三種類の別のたんばく質がつぎつぎと結合します。最後に結合したたんばく質をめがけて、三個のリン酸基をもつ高いエネルギーの化学物質GTPを結合した活性型rasたんばく質が結合します。この活性型rasたんばく質には、別のたんばく質が結合し、結合したことによりこのたんばく質はリン酸化酵素でリン酸化を受けます。リン酸化を受けたたんばく質はリン酸化酵素活性を発揮するようになり、別のたんばく質をリン酸化します。リン酸化されたたんばく質は、また別のたんばく質をリン酸化して次々にたんばく質のリン酸化でシグナルは伝えられて、やがて、最後にリン酸化された特定のたんばく質が核の中に入り、細胞の増殖に必要な遺伝子の発現を促すたんばく質を活性化し、細胞を増殖に導きます。活性型のrasたんばく質は、自ら持つ酵素活性で結合しているGTPの三個のリン酸のうち末端の一個を切り離してGDPに変え、GDPを結合した不活性型となってシグナルの伝達を 終了します。ところが12、13、


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