機関誌第6号「AMFNEWS」 -004/007page
は背ビレや尻ビレをこきざみに震わせて、盛んにおなかの大きなメスを誘い、メスはオスが縄張りにしている岩の隙間に数千粒がひとかたまりになった卵塊を産卵しました。産卵後メスはその場を離れますが、オスは縄張りに残り卵を守ります。
このころのオスは近づいてくるほかの魚をいっそう強く攻撃するようになり、縄張りと縄張りの間ではオス同士のにらみ合いといったシーンも観察できるようになりました。
一方で、卵の世話をするときはとても丁寧で、水をふきかけて酸素を送ったり、卵の表面についたゴミを取ったりしていました。産卵行動は数ヶ月続き、その間に水槽の中は卵を守るオスの縄張りだらけになってしまいました。おもしろいことに水面に近い場所で縄張りを作るオスは体が大きく、産卵が見られるようになった10月初旬から卵を守っていましたが、水深が深くなるにつれオスの体は小さくなり、つがいのメスが産卵する時期も遅くなりました。
どうやら日当たりがよく、水深の浅い場所の方が産卵に適しているようで、よい場所に縄張りを作ることができる大きくて強いオスが、メスにもモテるようです。水槽内で生み出された卵は、ほぼ1ヶ月で孵化しますが、ほかの魚に食べられないように孵化する直前に別の水槽に移動しました。稚魚は今後2年ほどで親潮水槽にデビューする予定です。
(飼育展示課 岩田 雅光)
ヒトと潮目の海の歴史(第4回)
漁民信仰
The fisherman's religion by Takashi Makabe
▲遭難者吊魂碑(明治39年建立):浪江町請戸野神社
the monument calming down victiin ocean
▲フナダマサマ(船霊様)
"Hunadamasama" the God in ocean「板子1枚、下は地獄」という言葉が記すように、海で働く漁師の仕事には危険が伴います。実際、海難事故が戦前まで多く、慰霊碑が浪江町請戸、いわき市四倉、江名等に幾つも建てられています。それだけに船の安全と大漁を願う気持ちも強く、様々な信仰となって、あらわれています。
その一つとして、最初に「フナダマサマ(船霊様)」(当館展示)を紹介しましょう。
このフナダマサマは、船の守護神で、豊漁を願う御神体でもあります。小さな木箱(横6cm、縦9cm位)に男女1対の人形、女性の毛髪(特に妊婦が喜ばれる)、サイコロ2つ、銅貨12枚等が入っており、新造船の進水式前夜、船大工が誰にも見られないように船の中央帆柱下に取付けるものです。
この信仰は、日本の漁村に広く分布し、韓国や中国東南海域にもその類例があります。平安時代初期の文献にも名前が見られることから信仰の源流は古代にまで遡ることができるでしょう。これについて、『日本人の死生観四国民俗誌』(武田明著)に香川県丸亀市で聞き取った次のような話が紹介されてあります。
「ある漁夫が夜になって漁に出かけた。海は穏やかであったが、夜が更けてから急に暴風となった。漁夫の妻は一晩眠ることなく夫の無事を祈っていたが、うとうととまどろんでいる間に、夫の船から白い衣の女がすべるように海中に入っていくのを見た。妻ははっと気がついた。ひょっとするとフナダマサマが夫の船を見すてたのかも知れない。夜明け後、急いで浜辺に行ってみると、夫の船は浜辺に打ち上げられ、夫の姿はどこにも見えない。数日して夫の死体が隣の島の浜辺に打ち上げられているのが分かった。フナダマサマのご神体は女性であると言われる。」
このように全国的にもフナダマサマは女性とされるケースが多いようです。次にもう1つ、「マンナオシ」を紹介しましょう。
ある言い伝えに「海の神(フナダマサマ、竜神様など)は海中に金属製の物を落とされるのを大変嫌がり、そのような事をした船には不漁などのたたりがある」という話があります。
そこで、いわき周辺においては、出漁中に刃物などを落とした際に、帰港後、落とした包丁などの金属製のものの絵を紙に書いて神社に奉納し、海の神におわびをしました。
これを「マンナオシ」と言い、運直し、縁起直しの意味と解釈されます。実際、いわき市中之作の諏訪神社には昭和40年代後半まで、マンナオシの絵が奉納されていました。
しかし、男衆がマンナオシをしても不漁が続く場合には、漁師の妻たちが氏神にお籠りをしたり、酒盛をして騒いだりすることが宮城県牡鹿半島や新潟県佐渡などで行われていました。このように見てくると、漁民の信仰においてフナダマサマ、マンナオシともに、「女性」が欠かせない存在であることに気がつきます。それはなぜなのでしょうか。
漁村において女性の霊力は豊不漁を左右するものと考えられており、マンナオシにおいては、女性神である船霊に同性の女性が直接働きかけることにより不漁を好転させようとしたのではないかと考えられます。
山の神も女性とされるケースが多く、様々な儀式面でも似ている部分があることから考えると、大変興味深く、そこから、山と海を生業にする人々の共通の世界観が見い出せるのではないかと思います。(学習交流課 真壁 敬司)