福島県植物誌 -049/483page
には福島県自然環境保全地域として指定されて いる所がある。
これら急傾斜地の森林も,尾根に近づくとア カシデが多くなり,ときとしてアカシデの純林 を形成することもある。前記の福島県自然環境 保全地域である鹿島町橲原や原町市大原の新田 川渓谷には,モミ林とともに美しいアカシデの 林もみられる。
吾妻山や尾瀬の燧ヶ岳ではV字谷は亜高山 帯にも及ぶ。山地帯の上部から亜高山帯の下部 にかけては,V字谷側壁の急傾斜地にはクロベ やウダイカンバが多くなる。6月,深山の幽谷に 豊かな雪どけ水の水音がこだまし,黒々と屹立 するクロベの樹冠下にアズマシャクナゲの紅花 が映えるのもこのあたりの景観である。
5)ケヤキ林その他の崖錐の森林
急傾斜地の下には,上部斜面で風化し剥離された岩屑が堆積する。これを崖錐という。そこで は,土壌の発達は悪く,大孔隙に富み,通気性,透水性ともに良好であり,また地下水の浸出が 多いため富栄養である。このような立地に最もふつうにみられる自然林はケヤキ林である。ケヤ キは崖錐上部の急傾斜地まで被い,前述のようにモミ林もイヌブナ林もみられない奥羽山地以西 の地では急傾斜地の森林をも形成する。しかしケヤキ林の成立範囲はせいぜい標高500mまでの 温暖帯であり,それより高所の崖錐では,ケヤキに代ってトチノキやサワグルミが優勢になる。ま た,崖錐は場所によって土壌の様子が微妙に異なる。土壌母林に細粒の泥土が多く混じるような 所になると,イタヤカエデが多くなり,ときに美しいイタヤカエデの純林が形成されることもあ る。
ケヤキは古くから用材として尊重されて来たためか,あちこちに優良な林分が残っている。規 模の比較的大きいものとしては,岩代熱海の温泉旅館街の南にせまる山腹を被うものがある。ま た,会津東山の温泉街も深い湯川渓谷の底にあるが,両側の急傾斜地を被っているのもケヤキ林