福島県水産試験場研究報告 第10号 - 008/073page
えられてきている。しかしながら、1999年以降の状況を考えると、新たな資源管理方策が検討されてもいいのかもしれない。
さて、(図−4)に示したように、私たちが産卵場の調査をした、1987年(昭和62年)のシラウオ漁獲量は、わずかに4トン台で、これまでの最低であり、シラウオ漁獲量激減の年であったといえる。
あれだけ精力的な調査をかけたにも拘わらず、産卵場をなかなか特定し得なかったのも、こんなところに原因があったのかもと思ったりした。
親魚の採捕
産卵場調査の時、底質試料を採取した同じ水域に、刺し網を敷設して、蝟集してくる親魚を採捕した。シラウオの漁獲は、船曳網と刺し網により行われているが、刺し網による漁獲の方が、より一層、産卵場に蝟集する親魚を狙う意味合いが強い。“刺し網の漁場の近辺を探せば、産卵場が見つかるはず”と考え、操業の実態を漁業者に聞き取り、調査海域を、小良ケ浜と熊川の地先の2箇所に絞り込んだ。
そして、卵採集のための採泥と、その地点における親魚の採捕を試みた。採泥は潜水またはドレッジ式採泥器(鉄製円錐形)により、底質の採集を行い、刺し網は2反を1張りとし、1箇所当たり2張り又は1張りを敷設して、2〜3時間後に揚網した。親魚の採捕は、1987年2月10日から7月6日までの11回にわたり行った(表−2)。
この刺し網により、たくさんの親魚を採捕する事が出来た。このころのイシカワシラウオは、二次性徴がはっきりし、雄の尻鰭鱗は、吸着性を持つと共に大きくなり、体型は“ずんぐりむっくり”で、その割に体長はあまり伸びない。これに対し、雌は、見るからに優しい顔つきで、体型もすんなりと細やかで、体長は雄より大きく、腹部の胞卵は外観からもはっきりと、確認し得るようになっていた。
全長組成
全長組成では、雌雄による差が認められた。調査期間中(2月〜7月)、雄は67〜68mmで、殆ど変化はなかったが、雌は、2月上旬に70mmを超え、3月中下旬には73〜75mmに達し、その後は変化が少