福島県長期総合教育計画41/4-008/330page
口は減少傾向をたどってきたものと考えられる。
県勢振興計画によれば、第6図に示すように、昭和45年に202万、50年には208万に増加すると見込
んでいる。これは、重化学工業を中心とする工業化の推進によって、労働力の需要が増加し、第2表
に見るとおり、県外からの流入者の増加はさらにこの傾向をつよめ、県外流出人口も減少し県内就職
者の増加、県内出身者の高等教育卒業者の帰郷就職の増に期待している事情によるものである。
新規学卒者の県内就職、若年勤労者の教育に対する要望に応える教育の機会の確保、文化的環境の
整備など、労働条件の改善とともに、教育文化の拡充が必要になろう。
2 増加する人口の市部集中傾向
昭和25年以後の市部、郡部人口の推移を示したのが、第8図である。
第8図 市部郡部別人口構成の推移 (国勢調査による)
(注)行政区域の変更による組替しない数値である
昭和25年の市部人口(299,000人)は、15%で、郡部人口(1,763,000人)は85%を占め、郡部人口
が圧倒的に多かった。経済の発展は、行政区画の変更を促し、町村合併が推進されたが、この行政区
域の変更による町村人口の組み替えをしない数値によって、その後の推移をみると、昭和40年には、
市部人口、郡部人口ともに50%となり、郡部
人口は激減し、市部人口が激増している。
昭和35〜40年度間の人口増減を市町村別に
みたのが第9図である。
増加した地域は、福島市、郡山市、磐城市
会津若松市で地域経済開発の中心になってい
る4市と工場進出の目だった鏡石町、大越町
の2町である。工業化の進行は、人口の都市
集中を促進するといわれているが、その事例
としてみることができる。
また、産業構造の近代化は、第一次産業就
業者の大量の離農者を生むことになるが、本
第9図 昭和35〜40年度間地域別人口増減段階区分別分布 (国勢調査による)