サクシード中学校国語から高等学校国語へ-011/43page
分かるだろう。つまり、だれかに贈り物をする場合、金額の非常に張ったものをいきなり相手に贈り付けたとする。相手のほうでは驚く。まともな人間だったら、なんでこんなものを贈ってきたのかといぶかしく思い、迷惑さえ感じるのが普通である。果ては逆に疑心暗鬼にさえなるかもしれない。いったい何を考えてこんなことをするのか、この人は?不釣り合いに高価なものを贈るということは、相手に落ち着かなくさせる点で逆効果でさえあるだろう。ささやかな贈り物こそ、かえって人の心をよく相手に伝える。(第四段落)
例えば貧しい青年と娘が好き合ったとき、どんな贈り物をするだろうか。物は贈れなくとも、言葉を贈ることはできるだろう。ある日二人はどこかヘピクニックに行く。美しい山があり湖がある。仮に―こんな言葉はきざに聞こえるかもしれないが―青年が恋人に向かって、「今日のこの風景を君にあげよう。」と言ったとする。その言葉が、娘にとっては永く忘れられない贈り物として心に残るということは、あり得ることである。その風景は万人のために存在している風景だけれども、愛し合う二人にとっては、他のだれにも見えない光がその風景を照らしているのであって、つまりそれは二人だけのための風景なのだった。男のささやかな言葉を通して、一つの風景は娘の中に、ほかの人にはみえないある輝きとともに、別の一風景となってすみつく。すなわち彼女は、他の何ものをもってしても替え難い贈り物を受け取るのである。目の前の風景は、そういう一人の人間の発する言葉が付け加わることによって、「贈り物」となる。(第五段落)
(中略)
「言葉の力」というとき、まずわたしの念頭に浮かぶのはこういうことにほかならない。「言葉の力」という題目を掲げた話なら、言葉というものの偉大さをあれこれ強調するに違いなかろう、と思われるかもしれないが、わたしはむしろ、言葉というもののささやかさを強調したい。一つ一つの言葉はまことに頼りない、ささやかなものだということを言いたい。しかしその、頼りなくささやかなものの集まりが、時あって驚くべき力を発揮するところに、実は言葉の昔も今も変わらない偉大な力があるのだった。(第六段落)
(大岡信「言葉の力」明治書院国語1)
〔確認問題〕
一 「言葉の力」からイメージされる具体的な内容をグループで話し合ってみよう。
二 筆者の考え方の独自性はどこにあるのか考えてみよう。
体例によって構成されていることを理解させるとともに、筆者独自のものの見方がどのようなものであるかに注目させる。本文では、「フランス譜の贈り物」や「平安時代の和歌」と、時代や国を超えたものを通して論を展開することにより文章の説得力が増している。
○接続詞、指示語、キーワード
筆者の論の展開の起点を明確にし、その流れをさまざまな例文や説明文のなかから正確に読み取るために、傍線部分「そういう思想」という指示内容について明らかにさせるとともに、「ところで」「けれども」(第三段落)「しかし」(第六段落)などの逆接の接続詞に着目させる。これらの語は、一般的な考えを一度提示した後で、筆者の独自の考え方(ささやかなものであるがゆえに価値があるということ)を示すために有効である。
また、文章中に頻出する言葉「ささやかさ」「ささやかなもの」「頼りなくささやかなもの」などに注目させるとともに、これらの言葉(キーワード)の繰り返しにより筆者の論が支えられていることを理解させる。
○図書館等の利用
発展的な学習として、百科事典等を用いてグループで内容に関連する筆項を検索させ、具体例の理解を確実なものにしたい。また積極的に図書室を利用した問題解決型の授業を試みることも有効である。
【論理的な文章の理解に関わる言語事項】
◆論理的文章の理解においては、指示諾の内容を把握することが大切になる。指示語は大きく次の二つに大別される。
1)承前の指示語…その語の前の内容を受ける指示語
2)起後の指示語…その語の後の内容を指し示す指示話
本文中の「こんな言葉」(第五段落)は、起後の指示語の一例であり、注意すべきである。