サクシード中学校国語から高等学校国語へ-016/43page
文学的文章の理解(1) 小説 情景や人物の描写から主題に迫る
◇中・高のつながりを考えたときの指導上の課題と課題解決のための指導のポイント◇
中・高共通して文学的文章に興味は示すが、主題を把握し、自分の言葉で表現する力が不足していることが課題としてあげられる。特に、語彙力や生活体験が不足しがちな生徒にとって、情景や心情を自分のイメージをもとに再構成することが困難になっている。このため、次の点に留意した指導が望まれる。
中学校 ■生活体験の不足を補うために、叙述や描写を具体的な例をもとに丁寧にたどり場面や心情を想像させること。
■辞書や視聴覚教材を利用して、情景や人物の把握が具体的にできるように努めること。
高等学校□情景描写、心理描写、歴史的背景などから作品の中心である主題に迫る。
□作品の読みをもとに、「いま」「ここに」生きる自分自身の問題として作品の主題を考えさせること。
ある寒い日の午後、わたしは食後の茶でくつろいでいた。表に人の気配がしたので、振り向いてみた。思わずあっと声が出かかった。急いで立ち上がって迎えた。
来た客はルントウである。ひと目でルントウとわかったものの、そのルントウは、わたしの記憶にあるルントウとは似もつかなかった。背丈は倍ほどになり、昔のつやのいい丸顔は、今では黄ばんだ色に変わり、しかも深いしわがたたまれていた。目も、彼の父親がそうであったように、周りが赤くはれている。わたしは知っている。海辺で耕作する者は、一日中潮風に吹かれるせいで、よくこうなる。頭には古ぼけた毛織りの帽子、身には薄手の綿入れ一枚、全身ぶるぶる震えている。紙包みと長いきせるを手に提げている。その手も、わたしの記憶にある血色のいい、丸々とした手ではなく、太い、節くれだった、しかもひび割れた、松の幹のような手である。
わたしは、感激で胸がいっぱいになり、しかしどう口をきいたものやら思案がつかぬままに、ひと言、
「ああ、ルンちゃん―よく来たね……。」
続いて言いたいことが、あとからあとから、数珠つなぎになって出かかった。チアオチー、跳ね魚、貝殻、チャー……。だが、それらは、何かでせき止められたように、頭の中を駆け巡るだけで、口からは出なかった。彼は突っ立ったままだった。喜びと寂しさの色が顔に現れた。唇が動いたが、声にはならなかった。最後に、うやうやしい態度に変わって、はっきりこう言った。
「だんな様!……。」
わたしは身震いしたらしかった。悲しむべき厚い壁が、二人の間を隔ててしまっ
〔中・高共通の指導のポイント〕
文学的文章においては、生徒と作品との出会いの場を人切にする。中学校で学習する作品に魅せられて読方の喜びを知った高校生も多い。現代を扱った作品だけでなく、時代や国を超えて変わらないものに触れさせ、人物の心情を共感的に理解させることにより、内面世界の充実・拡大を促す。中・高共通して幅広い読書指導が求められる。
〔中学校における指導のポイント〕
表現に即して情景を把握し、想像力を働かせながら自分がその場にいるような共感的な理解ができるように工夫をする。
○対比的なとらえ方に着目させる
同じ人物について対比的に描かれている部分を取り出して、その変化をとらえさせる。
現実のルントウ(生活者)
⇔
記憶の中のルントウ(小英雄)
○朗読の工夫をする
登場人物の会話や表情に着目させ、心情を読みとらせる。生徒に会話部分を実感を込めて朗読させることで理解を図る。どういう気持ちかを書かせるだけでなく、実際に言葉を自分で発することにより、表現がそのまま理解の程度を示すことになる。
1)「ああ、ルンちゃん―よく来たね……。」
2)「だんな様!……」