サクシード中学校国語から高等学校国語へ-017/43page
たのを感じた。わたしは口がきけなかった。
彼は後ろを向いて、「シュイション(水生)、だんな様にお辞儀しな。」と言って、彼の背に隠れていた子供を前へ出した。これぞまさしく三十年前のルントウであった。いくらかやせて、顔色が悪く、銀の首輪もしていない違いはあるけれども。
「これが五番目の子でございます。世間へ出さぬものですから、おどおどしておりまして……。」
母とホンルが二階から下りてきた。話し声を聞きつけたのだろう。
「御隠居様、お手紙は早くにいただきました。全く、うれしくてたまりませんでした、だんな様がお帰りになると聞きまして……。」とルントウは言った。
「まあ、なんだってそんな他人行儀にするんだね。おまえたち昔は兄弟の仲じゃないか。昔のようにシュンちゃんで、いいんだよ。」と、母はうれしそうに言った。
「めっそうな、御隠居様、なんとも……とんでもないことでございます。あのころは子供で、なんのわきまえもなく……。」そして、またもシュイションを前に出してお辞儀させようとしたが、子供ははにかんで、父親の背にしがみついたままだった。
「これがシュイシュン?五番目だね。知らない人ばかりだから、はにかむのも無理ない。ホンルや、あちらでいっしょに遊んでおやり。」と、母は言った。
言われて、ホンルはシュイシュンを誘い、シュイシュンもうれしそうに、そろって出ていった。母はルントウに席を勧めた。彼はしばらくためらったあと、ようやく腰を下ろした。長ぎせるをテーブルに立てかけて、紙包みを差し出した。
「冬場は、ろくなものがございません。少しばかり、青豆の干したのですが、自分とこのですから、どうかだんな様に……。」
(以下略)
(魯迅 「故郷」 光村図書三年)
〔確認問題〕
一 ルントウの顔に現れた「喜び」と「寂しさ」に込められた思いを簡潔にまとめてみよう。
二 「わたし」とルントウを隔てた「悲しむべき厚い壁」を時代状況を踏まえて考えてみよう。
三 「故郷」という言葉の持つ意味を通して、この作品の主題について話し合ってみよう。
〔高等学校における指導のポイント〕
中学校での指導を踏まえて、情景描写を丁寧に追う。そのとき、黙読だけでなく心情把握まで踏み込んだ朗読を随時取り入れることにより作品世界に浸らせることが大切である。
○変化を通して人物を確認
「背丈は〜松の幹のような手である。」などの人物の外見上の変化を描写や表現技法から確認させ、社会状況の変化やルントウの過酷な変化をとらえさせる。また、二人の出会いと時間の変化を通して、「故郷」に対する作者の思いに迫る。
○余情表現に注目させる
情景描写や衣現技法から、作者の意図を考えさせる。
たとえば、多用されている会話の終わりの「……。」に込められた、微妙な心の揺れを文章で表現させてみることにより、心情の深い理解を促す。
○在り方生き方に迫る
「故郷との別離」について、生徒一人一人の考える故郷の意味の問い直しを図ることにより作品理解が深まる。また、「いま、ここで」生きている自分自身の課題と結びつけることにより、作品の世界がより身近なものになる。
【小説読解に関わる言語事項】
◆比喩などの修辞技法に注意して読むことにより、作品の理解が深まる。
1)直喩法(例 松の幹のような手である。)
2)隠喩法(例 かれは一匹の虎だ。)
3)提楡法(一つのものを示すことによって、全体を示す方法。たとえば、「パン」という、言葉によって「食物」を表す場合。)
4)諷喩法(たとえによって本意を示す方法。たとえば、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」など)
5)擬人法(例 星が子供たちに笑いかけた。)