教育福島0002号(1975年(S50)06月)-035page

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六人の矢大臣

浜野洋子

 

三月×日

ふるさとで私を待っていたのが「彼ら」であったとは。

 

四月×日

初めての授業。

「先生の勉強のねらいは“豊かで美しい心”よ。わかる? 詩、好き?」

「わかんね。」

「そう。山や、木や、花見て、きれいだなあって感動するでしょ。」

「わかんね。」

「じゃあ、外、好き?」

「好き、好き、外に行くべえ。」

「外、外。」

と、にわかに元気になった。

 

外に行きたい。花ぐもり。

とろーんとかすんだ空におもちゃのような飛行機が一つ浮いている。

外に出たい。

つくしや木の芽の青い匂い。

「外に行こう。あの山桜まで行こう。」

「よし、行こう。」

男四人はどんどん進む。

女の子二人は私の前を、後ろを、なんとなくうれしそうにして、すみれを見せたり。

先頭の一人がこぶしを握ってもどって来る。

(ちょうでは)後ずさりする私の前に、パッと黄色いちょうが散る。

「きれい!」

心から笑う彼ら、六人。

「うす紅にィ、葉はいちはやく萌えェ」

もう木に登っている彼ら。

鉄筋コンクリートの近代建築。

半円にせり出したガラス越しに矢大臣山は肩を並べる。

外に行きたい。

外に出たい。

彼らには大きすぎる校舎。

彼らには冷たい黒板だったのだ。

 

五月×日

べんとうを食べている五人。

きょうは原級に行っているはずのKが、そーっと入って来てロッカーの本などいじっている。

「みんな、べんと食うの早いべ。」

と、早くも見つけてY。

「うん、早くって。おれも早く食った。」

学校に帰った彼らのつらさ。

弁当を食うのさえ皆より遅い彼ら。

 

七月×日

「先生はスカートはいてきらっしえい。そのほうがかっこいい。」

私の服装には全員やかましい。

 

十月×日

「矢大臣年をとったかはげ頭」この町では有名な作者不明の川柳。だが、彼らにはすばらしい教材となった。

「矢大臣わらびにぜんまいたらぼの芽」

「一年になんども登る矢大臣」

「矢大臣春もよくて秋もいい」

 

十一月×日

矢大臣に初雪。暖房の入らぬコンクリートの壁の寒さに、教室の六人はちちと固まって静か。

「なにかして遊ぼうか。」

「うわあ。いいの。先生。校長先生におこらんねえかい。」

「かまね。」

わざと悲壮な顔をして首を振る。

 

三月×日

「先生、卒業式、きれいにして来て。」

「どんな頭にしようか。」

「まかせっからあ。」

おかしくって一人でいつまでも笑っていた。

 

三月×日

卒業式。

原級の最後に名を呼ばれ、「はい」の返事にほっとすると、もう、目が熱くなって来た。

彼らのためにロングドレスに赤いバラの正装。

彼らといえど、一人で生きていかねばならない明日。

「とりあえず、返事だけは、すぐ、するんだよ。わかる?」

「わかってるよ先生!」

「矢大臣、忘れるんじゃないよ。」

「わかってるよ先生!」

(田村郡小野町立小野中学校教諭)

 

教育随想

ふれあい

 

 

 

 


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