教育福島0003号(1975年(S50)07月)-029page
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ある日のグループノートから
古市サト子
私は思う。なんでも話し合い、助け合える仲間のできることはすばらしいことだと。学級づくりの信条をここに掲げてみる。
「今日からは、地球上三十八億以上もいる人間のうち、わずか四十数名が縁あって同じクラスの仲間になったなんでも話し合い助け合いながら、ともに伸びていこう。」
まず小集団を作る。作り方も生徒の実態、成長によって変化していく。リーダーを選び、リーダーによるグループ編成、時にはだれとでも仲よくやらねばという意識からのくじびきグループ、そして今はソシオグラムからグループを作っている。
グループができるとグループノートの回覧を始める。グループノートに書きたいことを自由に書き、回覧することによって友達どうし、生徒と私の心の触れ合いを求める。お互い信じ合い理解し合いながら、助け合える人間関係を作っていきたいと念願している。
はじめは自己紹介、二回目は家族や家の近くの様子などと、テーマを指示して書かせる。慣れてからなるべく自分の心を書くようにさせる。
一つのできごとに対する感想、悩みなど、なんでもいいから自由に書かせる。個人のノートではないので、個人の秘密や悩みの本音は出てこないきらいはあるが、これは教育相談等を通して解決するようにしている。グループ内の人間関係がよくなってくると、かなり思うことを書くようになる。一人の悩みについて、仲間の意見がいくつか書かれ、ついにはみんなで話し合おうということになるときもある。
三年生になったばかりのころ、ある班のノートに次のようなことが書いてあった。
「このごろ、小人数で放課後いろいろな話をしています。その中で、三年生になったら学校がなんとなくつまらない、憂うつだ。勉強をしなければとあせりながらも、なにも手につかず、いらいらしている人が多いのです。私も同じです。」と。
その日の帰りの学活の時間に、 「時にはみんなと一時間ぐらいゆっくりおしゃべりをしてみたいね。」と言って生徒たちの反応を見た。次の日である。生徒たちは目を輝かせて、「先生、時間をもらいました。」と言う。私のあき時間に、ちょうど出張で自習になる先生の授業を、交換してもらったと言う。いよいよその時間に教室へ行くと、既にグループごとに机を集めて待っていた。が、だれも話をしていない。
私の顔を見てなにかを期待している。私は黒板にテーマ「生きがいについて」と書いた。「うわあ、むずかしい。」とため息まじりの声が聞こえる。「どんなとき、張り切って学校へ来たいと思うか。」と続けて書いた。
おしゃべりが始まった。しばらくして発表されたことは、
○目的のある日、例えばテストでよい点を取ろうと思うときとか、球技大会で勝とうと思うとき
○今日のような話し合いのある日
○クラブ活動や部活動のある日
○好きな教科のある日
○行事やレクなどのある日
○家で楽しいことがあった次の日
○希望のある日
○友だちに会えるなどであった。質疑応答の後、部活動をしている人たちは張り切って学校に来るし、疲れているはずなのに勉強もしてくる。部活動をやっていない人が憂うつな気分に陥り易いとも言う。しかし、部活動をしたくとも、今更入れない。
そこで学級の部活動を結成しようということになった。楽しい一時を過ごすことによって気分転換もでき、勉強にも身が入るだろう、という意見なのである。
どんなことを、どんな方法で、と話し合った結果、水曜日は相談日、木曜日はレクの日でなわとび、ゴムとび、バレーなど、土曜日は弁当をいっしょに食べる日、時にはピクニックをするということになった。月、金は今までどおり、不得意教科の勉強をする。
中体連大会が終わるまでは、部活動をしていない人たちだけが実行し、大会が終わったら希望者全員でやろう、ということに決まった。
運営委員が選ばれ、班長との合同会で細案が立てられ、「先生もやせるためにがんばりましょう。」と励まされて、楽しく張り切っているこのごろである。
(東白川郡棚倉町立棚倉中学校教諭)
教育随想
ふれあい
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