教育福島0011号(1976年(S51)06月)-040page

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図書館コーナー

 

児童図書の問題点

伝記をめぐって

 

ある日の県立図書館における会話。

母親「子供に伝記を読ませたいのですがなにか良いものはありませんか。」

職員「誰の伝記がよろしいでしょう。」

母親「別に誰って……。例えばリンカーンとか、野口英世とか……。」

職員「お子さんはおいくつ?」

母親「小学校二年です。」

職員「なぜ伝記を読ませたいのですか。」

母親「偉い人のことを読ませたいと思って。」

 

A君「あのね。ファーブルの伝記ある?」

職員「あるけど君には難しいんじゃないかな。どうしてファーブルの伝記読みたいの?」

A君「大丈夫だヨ。今学校でならっているんだもの。」こんなことが時々あります。

昨年の全国学校読書調査によると、読まれた本ベスト五の中に「野口英世」「エジソン」の書名がみられ、児童図書の出版目録や書店の店先には子供用の伝記全集が花ざかりです。

“子供は伝記がお好き!!”大変喜ばしいことのように思われます。が、よく考えてみますと喜んでばかりいられないことに気付きます。図書館で子供たちの相手をしている限り、伝記はむしろ人気の無い読み物ですし、彼等が伝記を手に取る時は宿題のためとか、誰かに奨められた時が多く、自らすすんで読むことはあまりないようです。ですから、読書調査の結果で、子供たちが伝記を読みたがっていると判断するのは、早計のように思えます。子供たちが伝記を読むのは、彼等自身の内的要求よりは、むしろ外的なものに多く左右されているように思われます。

そこで、手持ちの二社の国語の教科書(四十九年度改訂版)を調べてみました。

光村図書三年上「子どものころのファーブル」四年上「山田耕作」五年上「赤十字の父−アンリ・デュナン」六年上「ピアノの詩人ショパン」六年下「アメリカへわたる−福沢諭吉の自伝から」

東京書籍三年下「牧野富太郎」「ベンジャミン・フランクリン」四年下「アンリ・ファーブル」五年下「宮沢賢治」六年下「アメリカヘわたる−福沢諭吉の自伝から」

そして小学校の学習指導要領では、「内容の取り扱い」の項で、「読むこと」の指導のために三年生から「物語、逸話や伝記、詩などを読む……。」と伝記にふれています。

ここで伝記とはどのような読み物かを考えてみましょう。

伝記とは

1)被伝者の生がいに渡って描かれていること

2)被伝者の人間としての短所も含めてありのままの人物が描かれていること

3)歴史的・社会的背景がじゅうぶん描かれていること

4)史実に忠実であること

5)文学性をもった作品であること  .

伝記とはおおざっぱに言って以上のような条件を備えた読み物であり、子供用伝記だからといって、これらの条件のどれ一つでもいい加減なものであってはならないはずです。

現在出版されている子供用伝記(特に小学校中学年までのために書かれたもの)のほとんどが、伝記という名を借りたエピソード集であったり、被伝者の長所ばかり強調された道徳主義的なものであったり、時代背景がおろそかにされ記述に誤りがあったりする欠陥本のようです。

また、読み手の方を考えてみますと、伝記が前記の1)〜5)の条件を内容に取り入れられた読み物であれば、当然読み手にもそれらを理解できるだけの知識と生活経験がなければならないでしよう。伝記の性格から言って、伝記を読みこなすには、被伝者の子供時代だけでなく、大人になってからの心理状態もある程度推察でき、歴史的背景、その時代の社会状況、また被伝者の業績についても理解できることが要求されます。そうしますと、ある一定以上の年齢にならないと、伝記を読むことは無理なのではないでしょうか。小学校二、三年生のために良い伝記を書くことは無理があるでしょうし、彼等には伝記よりももっとふさわしい読み物があるように思います。小学校高学年、あるいは中学生になってから、しっかりした伝記を読んだ方が良いのではないでしょうか。

どうやら子供のための伝記について教科書をはじめあらゆる角度から検討しなおす必要があるようです。

 

 

 


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