教育福島0016号(1976年(S51)11月)-041page

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やさしい教育法令解説

 

児童生徒の懲戒について (2)

 

四、懲戒の性質

懲戒処分のうち法的効果を生じる停学・退学は、行政庁が優越的な地位に基づき行う権力的意思活動としての行政処分かどうかについては、私立学校における懲戒処分との関連で困難な問題を提供している。例えば、生徒等の在学関係を特別権力関係であるとし、懲戒は、特別権力の行使の一態様であるとするもの、現行教育法制度は非権力的教育観をとっており、懲戒も教育作用の一環として行われるものであるから行政処分と解することはできないとするもの、更に、退学等の処分は、特定の学校で教育を受ける権利を一方的に制限するものであるから、その意味では権力的作用であるが、それは本質的に行政固有の関係であるというわけにいかないとするもの等区々である。判例は、懲戒の性質は行政処分であるとしている。「国、公立学校は、本来公の教育施設として一般市民の利用に供されたものであり、その学生に退学を命ずることは、市民としての公の施設の利用関係からこれを排除するものであるから、私立大学の学生に退学を命ずる行為とは趣を異にし、行政庁の処分に当たる。(最判昭二九・七・三〇参照)」

次に、校長の行った懲戒処分について司法的判断はどの程度まで及ぶか、換言すれば懲戒権の行使は懲戒権者の自由裁量とされているか。この点に関しては、前記判例が端的に述べているすなわち、「学長が学生の行為をとらえて懲戒処分を発動するに当たり、右の行為が懲戒に値するものであるかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかを決するについては、当該行為の軽重のほか、本人の性格及び平素の行状、右行為の他の学生に与える影響懲戒処分の本人及び他の学生に及ぼす訓戒的効果等の諸般の要素をしんしゃくする必要があり、これらの点の判断は、学内の事情に通ぎょうし、直接教育の衝に当たるものの裁量に任すのでなければ到底適切な結果を期待することはできない。それ故、学生の行為に対し、懲戒処分を発動するかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶかを決定することは、原則として、懲戒権者としての学長の裁量に任されている」

(本件は、公立大学における退学処分に係るものであるが、高等学校等についても妥当すると考えられる。)

このように、(一)懲戒権を行使するかどうか(二)懲戒の程度については、懲戒権者に裁量権が認められている。しかし、懲戒権の行使が社会観念上著しく妥当性を欠く場合やなんら事実上の根拠に基づかない場合には、司法審査の対象となる。

五、懲戒の手続き

停学や退学のように、生徒等が学校において教育を受ける法律上の地位に恋動を及ぼす懲戒処分については、適切、公正な手続きが要請されることはいう主でもないことであり、手続き上欠ける点があれば懲戒権の乱用として処分の取り消し等を免れない場合も考えられ得る。そこで最後に、裁判上問題となった弁明の機会の有無、及び補導を必要とするかどうかに関する事例を紹介したい。

(一)弁明の機会

原告の行為はすべて学校側の面前で行われたこと、その動機、理由は、原告が学校に直接間接に明らかにしていること。また原告の人格については、大学と異なり、クラス担任を通じては握されていること等の事情のもとでは必ずしも別個に弁明の機会を作る必要はない。(福地判昭四七・五・一二)

退学処分は刑罰でないから、これに憲法三十一条の適用はないし、本件の場合、抗告人が相手方からの弁明、防御権を制限するようなしかたで、抜き打ち的に処分したことを伺わしめる資料もない。かえって、学校側としては、本件処分に当たり、相手方らの弁明を聞くべく相当の配慮をしていることが伺われるから手続き上の暇庇は認められない。(札幌高判昭四六・三・八)

(二)補導の必要

あらかじめ本人に反省を促すための補導を行うことが、教育上必要かつ適切であるか、また、その補導をどのような方法と程度において行うべきか等については、学校当局の判断に委ねざるをえかいのであり、右補導の過程を経由することが常に退学処分を行うについての学校当局の法的義務であるとまで解するのは相当でない。(最判昭四九・七・一九)

 

 

 


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