教育福島0022号(1977年(S52)07月)-027page
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教育随想
「きっかけ」をたいせつに
鵜川栄治
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この四月、五年生の担任となり、この子供たちのために悔いのない学級経営をしようと意欲を燃やしていた。
ところが、日を経るにしたがって、子供たちの発言するときの様子が異様であることに気づいた。それは、女子が発言すると男子が沈黙し、学習活動が停滞してしまうことである。(反対の場面もある。)このことの原因の一つと考えられるできごととして、席交換の時、ある不潔な女子と並ぶことを男子の全員がきらい、女子がいっせいに反論した。
このようなことが度重なり、お互いに女子に混じって発言するな、男子とはことばを交わすまいというふんい気ができていた。
ある国語の授業の時、T男が人目をぬすむように周りを気にし、むずむずしていた。その外の動きから発言内容がまとまったものと認められたので指名した。内容的にもまとまりがありすばらしいものであった。だが発表を終えたT男の顔は、気まずさをのぞかせていた。 T男だけでなく他の男児にも発表意欲はあるが、強く結ばれている男子の厚い心の壁は、この行動でも破ることができなかったようだ。
私はクラスのふんい気を変えるためにも、個々の指導もたいせつであるが集団意識を変えなければと思い、次のことを学級内で徹底することに努めようと思った。一、学級全体の信頼感を高める。一、発言を妨げる個々の問題の解決をする。である。
そこで学級会で決められていた「図書の紹介」をとおし「持ち寄った本の印象場面を朗読する会」を開くことに決定し、みんなの前で発表する会を全員一致で認めあった。
発表会の日になった。会の準備も終わり静かなふんい気になった。だれが先に発表するか、消極的な態度であることは目に見えていた。しばらくして「先生、わたし発表します。」と授業中などほとんど話をしないY女が一人だけ手を上げていた。目の輝きもすばらしく意欲的だったので、すぐ指名し発表をさせた。すばらしいとは言えないが、きょうのために精いっぱい努力してきたことは、クラスの友達の心を動かした。全児童は盛大な拍手をY女におくった。Y女の姿には喜びがあふれていた。私も思わず「きょうの感激をたいせつに。」と頭をなでながら一声かけてやった。
室内の様子はがらりと変わり、用意してきた本を手に「ハイ。」「ハイ。」の連発で会の流れを順調にさせた。男女の差がなく活発な時間であった。なんと一か月半ぶりの初のすばらしいできごとであった。
一日の日課も終わり退校時間となった。友達と教室を出ようとしたY女を呼びとめ「よくがんばったね。」ときょうの勇気あるりっぱな態度をほめてやった。Y女の返す「さようなら。」のことばにはひびきがあり、とても気持ちがよかった。
四・五日過ぎたか、Y女が「先生。」と言って四つ折にした原稿を私のところに持ってきた。その原稿には『 略 おもいきって発表してよかった。発表するのが楽しくなった。今までこんなことがなかったからです。「国語の本読める人。」と言われた時、「わたしは読むぞ。」いう気持ちで手をあげます。 略 わたしがあの時発表しなかったら今のようにならなかったと思います。あのときのことは忘れられません。』N女の日記から「Y女さん勇気を出して発表してくれてありがとう。私もじっとしていられなくなりました。」一人の「きっかけ」が友達の心をゆさぶった。私はY女の開きかけた心のとびらからすこやかに伸び育つこの芽を見守ることに努力を傾けたい。
(会津坂下町立広瀬小学校教諭)
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元気に明るくなった授業
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