教育福島0022号(1977年(S52)07月)-029page
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教育随想
克枝ちゃん
首藤葉子
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「首藤。」
彼女が最初にわたしを呼んだのは、意のままにならない時であった。抑えようもない心からすらりと。しかしわたしはうれしかった。呼びすては彼女の愛の呼びかけである。三年間固く口を閉ざし続けてきた克枝ちゃんに、いつ話しかけられるか、そのことにかけていたわたしの大収穫でもあるのだからー。聞こえないふりをしているわたしを、ちらりと見た克枝ちゃんは、伺うように声を和らげて呼び直す。
「首藤さん。」
彼女に父はいない。二人の姉がいる。学校では自分のペースで字を書くだけ。五年生の現在、五十音で字だけ読めるのは十六。数は二十まで。逆に言えるのは十から。丸はほしいので、気が向けば家で五冊ものノートに字を書いてくる。そんな彼女が、わたしに話しかける。これはまさに天の声なのである。
「先公。」
きげんのいい時、やり場のない時、大声で呼び続ける彼女に、もちろん用のあるはずはない。すましていると、「てめえ、わかってんのか。」
とくる。淋しいむなしい。そして悲しいわたしのひとみをなんと受け止めているだろうか。克枝ちゃんは。
「せ・ん・せ・い。」
退屈な時、なんとなく寄ってきて、きげんを伺いながら口にするのがこれ。こうなるまでに十か月。わたしはやさしくからだでこたえる。
「先生。」
電話のむこうから、小さなためらいの声が届く。わがままに甘やかされた克枝ちゃんは、お母さんに注意されたり、友達に何か言われたりすると、直ちに登校拒否の挙に出る。つまり、廊下まで来てUターン。それが昇降口になり、校門になり、友人の家と遠のき何度迎えに行ったことか。さんざん手こずらせたあげくのわびの電話から、彼女の心や顔が手にとるように読みとれる。克枝ちゃんのことを案じているわたしの心が通じるようである。
「ごめんね。あした行くから。」
一年たって何んでも話すようになった。やっとわたしの翼の中に入り込んできた克枝ちゃん。
しかし、わたしにはもう一つの残された問題がある。彼女は給食をとらず三時すぎまで授業を受けていることである。どんなことをしてみても食べないで、テレビを観たり、教室を出歩いたりしているのである。どうにかして食べさせようとすると、「あした学校やすむ。」
わたしが一番困ると知っての上の切札なのである。ときどき、教室に一人残してせんべいをあげれば、にこにこ、ぽりぽり食べるのである。ここから何か糸口がつかめそうに思えるのだが-。
家庭訪問の時、店の前で何か買ってあげると言ったら、即座に『チョコレート』とこたえた。家に着くと、克枝ちゃんは大きな茶わんにコーヒーをいれてくれた。帰りに折鶴数羽、キャンデー五こをくれ、子供に話すように、「あめ、なめたら一重君の家に行きなね。」どうやらわたしは、すっかり克枝ちゃんの精神年齢になったようである。
「葉子さん。」
になり、着替えの手伝いをする克枝ちゃん。ボタンをかけたり、ベルトをしめたりしてもらうわたしのからだが、柔かにとけそう。されるままにしてみる。
わたしは今、清涼剤を飲んだ後のように、なんともさわやかである。克枝ちゃんとめぐり合い、克枝ちゃんとお話し、そして、克枝ちゃんの心と結び合うことができて。もう一つの山、給食をとらせることは、遠い高い山なのかも知れないけれど-。とにかく五月の空である。
(いわき市立湯本第二小学校教諭)
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今度はもう一つの山をめざしていこう
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