教育福島0025号(1977年(S52)10月)-030page
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教育随想
「走る」指導をとおして
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星三千男
「先生、だめだった」。
M子は、涙を浮かべて、くやしそうに言うと、その場にくずれてしまった。たった今、町内の体育祭で持久走に参加し、一秒弱の差で優勝を逃してしまったのだから無理もない。
M子は、昨年、五年生の時、六年生の中にあって、新記録で優勝しておりきょうの大会でも優勝をねらっていたので、精神的にもかなりショックだったらしい。
帰りの車の中で、M子は、疲労感と解放感とで心地よく眠ってしまっていた。私は、彼女の寝顔に目をやりながら、彼女とともに、きょうの大会で本当によくがんばった子供たちに感激していた。男子の持久走で二位になったK男、六位のM男、七位のS男、それに、走り幅とびで入賞したY男。小規模校であっても、体格的に劣っていても、きょうの彼らは、決して町の子供に見劣りはしなかった。彼らのこのすばらしい成績は、天性のものではなくコツコツと努力を積み重ねてきた結果なのである。
彼らは、私が三年前、新卒で初めて本校に赴任し、昨年まで三年間連続して担任となった子供たちである。
そのころの彼らや先輩たちの放課後の生活といえば、中学生の部活動で校庭を独占されていたため、校庭の隅で、暗くなるまでなにやら遊んでいるというふうであった。自然に恵まれているとはいえ、山や川、それに、雄大な湖は、危険ということで、彼らに解放されてはいなかった。このような、施設等に恵まれてない生活は、地域の実態でもあり、授業や他の生活場面においても、マイナスな点としてあらわれていた。
この子供たちにとって必要なことは「ねばり強く、全力でぶつかる。」ということであると感じた私は、さっそく走ることを指導した。走るという運動は、単純素朴ではあるが、体力面、精神面において、多くの価値を見つけることができると信じていたからである。
体育の授業の中では、子供たちの不平をよそに、前半は必ず、走ることを中心に指導してきた。生活記録の中に「マラソン反対、ソフトボールをやってほしい。」と大部分の子が書き、私も幾度となく挫折しそうになった。脈拍をとって、身体の変化に興味を持たせたり、原則的には競争はしないというふうに、走ることにくふうを加えたりした。そのうちに彼らは、自分の記録を意識し始め、夏休みには、自主トレーニングを行うなど、走ることに興味を持つようになってきたのである。
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全校駅伝大会
その結果、これまで、少人数のためにほとんどの子が選手となって、仕方なく出場していた体育祭に、彼らは自主的に、しかも、夢であった優勝をめざして、授業が終わると、すぐに校庭にとび出して練習を始めるというように、変容していったのである。
大会も終わり、きょうからは、四年生も加わり、ソフトボールとポートボールの練習が始まる。霜が降り始めるころには、男女入り乱れてのサッカー。そして、雪の訪れとともに、伝統のデスタンススキーが、子供たちによって、自主的に行われるのである。
「継続は力なり。」年中休むことなく校庭にとび出すようになった子供たちに、私は、教えられたような気がする。
日々の授業も生活指導も、一つ一つの努力の積み重ねが効を奏するということ、新米教師が子供たちとの実践をとおして、初めて学びとったものかも知れない。私は、この子供たちから学びとった尊い価値をいつも念頭に、教職に対して、"ゆっくり休まず"勇気を持って、子供たちとともに歩み続けたいと思う。
(猪苗代町立市沢小学校教諭)
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