教育福島0031号(1978年(S53)06月)-011page

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ア、 母親自身の不安とあせりの解消

イ、 Sの自主性の回復をはかるために

○物静かにSを見守ること。学校に関することはいっさい口に出さないこと

○Sの要求に対して自分でできることは、つとめて手をかさないこと

○Sの目立った言動をメモしておいて面接のとき話してもらい、Sの心の動きに応じて対処すること

第一回目の受理面接のときの母親の態度とSの症状から察して、しばらくは母親との面接を進めることにした。登校拒否児としてSはたしかに問題をもつ子であるが、母親自身にそれ以上の問題があると思ったからである。面接の初期段階では、登校拒否の一般的な原因や行動の特徴などを話し、必ず近いうちに学校復帰が可能であるとの希望をもたせ、心理的安定をはかるよう努めた。それでも登校させようとするはたらきかけをやめるようにと言っても納得できず、絶望感をむき出しにするばかりであった。治療者は母親の不安・悩みをそのまま受容し続けた。本人から先に口に出さないかぎり、学校に関することを言わないことの約束をとりかわすことができた。

2) 母親の態度の変容

面接開始一ヵ月後から、ようやく母親はわが子をゆとりをもってみられるようになったともらし、別居中の父にすがろうとする心も消えてしまったと笑顔さえ見せるようになった。なるようにしかならないとのあきらめと、やがては立ち直るという希望の心が、話し合いの中でうかがうことができた。治療者と母親との信頼関係ができたのか、母親は真実を語るようになった。二ヵ月目に入ったある日、次の言葉を恥ずかしそうに語った。

「ママ、ほ乳びんでミルクのみたい」と言ったという。中二になってばかなことを言わないでと一笑にふしたら、翌日は「ママ、マンガ本いっしょに声を出して読もうよ」と言ったという。さかんに催促するので適当に読んだら「もっと真剣になれ」と命令するしまつ、「いったいどんな気持ちなんでしょう」と訴えられた。実はこのとき語ってくれたこの言葉が、Sを立て直すきっかけとなったのである。なぜSがそんなことを言ったのだろうかと両者で解明に努めた。

その結果、Sは病弱の兄のため母の愛情をじゅうぶん得られなかったことを知った。その上、兄思いのSは幼少のときから、自分の欲求を抑え続けてきたいくつかの事例が挙げられた。こうしたSの行動が家族はもちろん周囲の人々から、本当にしっかりしたいい子にきめつけられてしまったのである。兄を失ってから、幼少のとき受けるべき愛情を現在求めているのだろうと推察された。その心の表われがほ乳びんで乳をのみたいという言葉になり、いっしょに声を出してマンガ本を読もうとの願いになったのだろう。そうした現象は、退行現象といわれ、正常な乳幼児期を過ごさなかった子供が、乳幼児期にもどり(退行)欲求を獲得し満足し正常な自我を形成していくのである。そして、まわりから、いい子にさせられた自分を否定する意味で登校拒否という行動に出たのであろう。この日以後、指導方針が明確に立てられSの回復のきざしが見えはじめた。

3) 母親の自信と強さ

Sの退行現象にも適切な処置で乗りきることができ、三か月目を迎え母親の心が安定し、Sの心の動きをよく読みとれるようになる。「このごろママが変ったね、なんだかこわいかんじ」と言われたと自信めいた表情で話す。信念をもってわが子に接し、わがままな行動を制止することができる強い母親に成長してきた。Sの生活のようすから治療者として直接Sに会うことにした。

4) 最初の訪問

午後三時、Sの心の扉が開かれるように祈りながら玄関のドアをあける。予想していたように、Sは警戒心をむき出しにして迎え入れる。もちろんSはふとんの中にもぐり込んでいた。部屋は乱雑、枕元には幾種類もの自転車の専門雑誌があった。最近組み立てたと思われるレーシングカーのブラモデルを見つける。その日は自動車の話を中心に雑談をした。きれいに仕上がったプラモデルを手にして苦心談を聞いたり、外国のレーサーの話を聞いたりして時を過ごした。こと自動車に関しては目を輝かせて語ってくれた。警戒心もそのうち消えたのか私に対していろいろ質問するようになった。でもSは、実力でレーサーになることを強調し、学校否定の言葉が話し合いの中でしばしばとび出した。Sの心を全面的に受け入れ、最初の訪問を終った。

最初の訪問の日の私に対するSの印象を母が語るところによると、「なんの目的でやって来たのだ。自動車の話ばっかりしていて、でも楽しかった。こんどいつくるの。」私は歓迎されたらしい。母もいつになくさわやかな笑顔をみせた。

第二回以後の訪問−Sとのラポートがうまくとれて、どんな話題でも話がつながるようになった。ねてばかりいると体がだめになってしまうから外へ出て運動をするようにすすめると「うん、少しずつやってみよう。」と答えるし、野球部の友達は放課後いっしょうけんめい練習しているだろうから、S君もバット振りくらいやってかれらに追いつけよ、と間接的に学校へ心がむかうようにそれとなく呼びかけてみると、「うん」とうなずく。

5) 学校復帰の準備

放課後野球部の練習を見に出かけたり、カレンダーを見つめたりする日が

 

 

 


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