教育福島0031号(1978年(S53)06月)-026page

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教育随想

やる気をおこしたS男

 

高橋幸子

 

高橋幸子

 

S男は私が新任地で、初めて担任したクラスの児童である。

心もち緊張した私は、初対面の子供たちに「よろしく。」と一人一人になかよしの誓いの握手をしていった。

握手なんて、ちょっと考えるとなんでもないことであるが、驚いたことにみんな大喜びで一瞬のうちに教室は明るくなごやかなふんい気と変っていった。ところが、最後のS男にきたとき「よろしく。」と手を出しても、無表情で私を見つめるだけで反応を示さなかった。私は一瞬、反抗しているのかと思ったが、勇気を出してもう一度「よろしく。」と言ったが、S男は手をひっこめて顔をそむけてしまった。これが、S男と私の初めての出会いである。

授業が始まった。私は初対面の日のS男の態度が気になったので、特に気をつけてS男を観察することにした。

指名をすると首をひっこめ、おどおどしてほとんど発表しない。休み時間も独りでいることが多い。

私は知能指数や友達関係を調べてみたが、なに一つ原因と思われる糸口が見つからなかった。

ある日、S男の家庭訪問で、母親からS男の無気力の原因と思われる要素を聞き出すことができた。それによると、父親がたいへん厳しく、勉強ができないと「お前はだめだ。バカだ。」と常にしかってばかりいる。そのために、気の弱いS男はすっかり恐怖感をいだき、びくびくするようになり、自信をなくしてしまったとのことである。

家庭訪問後、S男の無気力の原因が少しわかったので、私はさっそく次の二つのことを実行してみようと思った。

一、 家庭と連絡を密にする。(連絡帳)

二、 S男の得意な教科を見つけ出しそれを伸ばす。

目標は決まったが実行となると思うように進展しなかった。特にS男の得意なものは何かを見つけ出すことは、容易なことではなかった。

ところがある日、社会科の学習で、東北地方の地図を書くことになったとき、いつもぼんやりとしているS男がいち早く鉛筆を持ち、熱心に書き始めたのである。わたしは、「おや。」と思って目を見張った。今までのS男から想像できないことである。近づいて見ると県名も正確に記入している。私はびっくりし、うれしくなって「すごいぞ、S君、まだだれもできてないよ。」と少しオーバーにほめてあげた。するとS男は机の中から、半紙に写しとった日本地図をはずかしそうに五、六枚出して見せてくれた。それを見た私は「これだ。これを生かして自信をつけてやろう。」と心の中で思った。

さっそくS男の家庭学習の方法を全員の前で発表してやった。

 

全員が参加する授業

全員が参加する授業

 

それから二、三日たったある日、大事そうにノートを胸にかかえて「先生。」とS男が自分から私の方に近づいてきた。そのとき、私は成功したと思った。ノートには日本地図が書いてあり地方別に色分けがしてあった。ノートを教室に展示し「みんなもS男君のように家庭学習をくふうしてみよう。」と朱書きを添えた。

このことから、S男の社会に対する授業態度が変ってきた。手も自分からあげるようになってきた。発表する回数も多くなり、生き生きしてきたようである。私もできるだけ多くS男の解答はとり上げ、授業に生かすくふうをした。

S男は今、次の国語の漢字学習に意欲を燃やしている。

私はS男との出会いによって、教師にとって「あの子はだめだ。」という言葉は禁句であり、何か一つよい点を見つけ出し、それを伸ばすたいせつさを教えられたのである。

(須賀川市立西袋第一小学校教諭)

 

 

 


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